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はじまりの場所(2)
城の専属医師だという白髪の男性医師は、一通りユリウスの体を診察し、ふむ、と頷いた。
「内臓がかなり弱っているから、しばらくは仕事も休んで栄養のあるものを食べなさい。しばらく前からろくに食べていなかったようだね。つわりの時期は食欲がないのは仕方がないが、それでもほとんど何も食べずに働きすぎるのはよくない」
「――え……?」
「なんだ。やっぱり気づいておらんかったのか。君、オメガだろ? 妊娠しとるよ。頭をぶつけただけなら、二日も目が覚めないことはない。眠り続けていたのは、体がそれだけ休息を求めていたってことだな。無事に子供を産みたいのなら、まともに食べられるようになるまではおとなしくしていなさい」
「あの……、そのことは誰かには……」
「誰にも話しちゃおらん。そもそも、平民のオメガがこんなところにいて、しかも妊娠しているとわかれば、色々面倒なことになるだろう?」
確かに。
普通なら、平民のオメガは選定の儀に参加し、皇族か貴族の妾になっていないといけない。
医者がいなくなった後、一人になった部屋で、そう言えば、ここはどこだろうと室内を見回した。
広々として調度品も豪華そうなその部屋が、使用人の宿舎の一室ではないことは確かだ。
上掛けを引っ張り上げて匂いを嗅いでみる。微かに殿下の匂いがした。
……ここ……もしかして、ライニ様の部屋……!?
意識をなくしたユリウスを自分の私室に連れてきてくれたのだろう。
最後の最後まで迷惑をかけっぱなしで、申し訳なさが込み上げてくる。自分自身のことすらままならないのに、子供を産んでちゃんと育てられるのだろうかという不安も強い。
でも――。それ以上に、嬉しかった。
ライニ様の子供を授かった、という事実が自分の中でじわじわと現実感を増していくにつれ、胸の辺りがあたたかくなっていく。
……ライニ様の御子が、僕の中に……。
上掛けをめくり、服の上からそっと下腹を撫でてみた。
嬉しくて。
幸せで。
あたたかな涙がこぼれた。
ライニ様が生きてさえいてくれればいいと思ったけど。神様はそれ以上に大きなプレゼントをくれた。
これ以上を望むのは、欲が深すぎると思った。
今回の陰謀で罪人として連れて行かれたのは、ウェルナー辺境伯と第5騎士団の団長と軍営の従僕長、それにケースダルム王国からの使者だ。
副団長と騎士の多くが護送のために都に行くことになったので、城の警備の長は辺境伯軍の長官が担っていた。
フリッツ達は、殿下が言っていたように、辺境伯の指示に従っていただけということで、罪は問われなかった。
人質として地下牢に捕えられていた彼らの家族も、解放されている。
目が覚めた翌日にフリッツが見舞いに来てくれて、これまでのことを謝罪された。
以前、騎士団長に呼び出されたあと、城内で酔っぱらた兵士に襲われかけたことがあったが、あれも、フリッツのことを信用させるために、仕組まれたことだったらしい。
兵士の中では殿下の次に信用している相手だったから、その事実は悲しくもあったけど、殿下も無事だったことだし、恨む気持ちはなかった。ユリウスがフリッツを好きになったのはその人柄が理由で、それは、作られたものではなかっただろうから。フリッツのことは、好きなままだ。
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