64 / 73

はじまりの場所(3)

 問題が解決し、城の中に安堵感が漂っているかというと、そうでもない。  今の城主は、一時的にウェルナー辺境伯の一人娘のカレンということになっているが、罪の重さを考えると、ウェルナー辺境伯は廃爵される可能性が高い。使用人たちは皆、次の城主は誰になるのかと噂し、身の振り方を考えている様子だった。  辺境伯が廃爵されれば、カレンは平民になってしまう。  この国では、貴族の妻は貴族でなければならず、平民は妾になることしかできない。  本来なら平民のオメガは選定の儀に参加しなければならないが、今回の殿下の果たした功績は大きいし、殿下が望めばカレンを妾にすることはできるだろう。  なにせ3年前に一目惚れして、選定の儀にも参加せずにずっと思い続けていた相手なのだ。殿下は、第5騎士団への転属をずっと希望していたと言っていたから、今回の陰謀とは関係なく、彼女と再会して、できることなら妻にしたいという思いが長い間あったのだと思う。  父が罪を犯したとしても、娘には罪はない。庭のお茶会で、あれほど愛おしそうに彼女を見つめていた殿下の気持ちが、それくらいで変わるとも思えない。  今はただ、二人で幸せになってほしいと思っていた。  僕も、この子と幸せになるから、と。  舞踏会の日から七日後に腕の傷の抜糸を終え、ユリウスはカレンの部屋を訪ねた。  誰とも会いたくないと言っているようで、会ってはもらえなかった。  そのかわりに、庭に咲いていたリシマキアの花を摘んで花束にしたものを、侍女に預けた。  稲穂のように一つの茎にたくさんの黄色い花を咲かせるその花は、ユリウスの故郷の庭にも咲いていて、子供の頃も、よく花束にして病で伏せがちの母の部屋に届けていた。  ウェルナー辺境伯領を出たのは、その翌日のことだ。  使用人として働くことは殿下が禁じていたため何もさせてもらえないので、無駄飯食いで気が引ける。それにあまり長居していると、殿下が帰って来てしまう。  元々、ここで使用人として働くのは外聞が悪いから、早く故郷に帰れと言われていた身だ。殿下が帰ってきたら、「まだいたのか」という目で見られそうな気がする。それに、万が一妊娠に気づかれてしまったら、責任を感じて妾にしようとするだろう。  殿下の幸せを願っているけど、近くでそれを見届ける勇気はなかった。  アルミンには、「どうせすぐにここに舞い戻ってくることになるだろうから、帰るだけ無駄だよ」と呆れられ、フリッツには、「君を帰してしまったら俺達が殿下に半殺しにされるから、頼むからいてくれ!」と懇願されたが、「そんなことあるわけないじゃないですか」と笑い飛ばして、アルミンだけを連れて城を出た。

ともだちにシェアしよう!