都から来たときは、二人ともそれぞれの馬に乗馬していた。 　妊娠中は乗馬はやめておいたほうがいいだろうと思って、体調が万全でないことを理由に、街で馬車と御者を雇った。 　アルミンは、馬車には乗らずに自分が連れて来た馬に乗馬し、馬車の先を歩いている。 　ユリウスにも、殿下から譲り受けた白馬(アルバ)という馬がいたが、殿下の馬であるニゲルと再会したとき、二頭とも再会を喜んでいるように見えたから、アルバは騎士団の厩舎に置いてきた。 　 　ウェルナー辺境伯領からユリウスの故郷までは、馬車だと二日かかる。 　最初に宿泊する街で馬車を返し、翌日、新たな馬車と御者を雇って出発し、もうすぐで都へ通ずる道とカッシーラー辺境伯領へ行く道の分かれ道、といった地点で、急に馬車が止まった。 　 　窓から顔を覗かせて、ユリウスは息を呑んだ。 　アルミンが馬の足を止めていた。その向こうに、こちらとは向かい合う形で乗馬した人が見える。 　背が高く、青い騎士服を着たその人は、ラインハルト殿下だった。 　何故か護衛は一人もおらず、単身で帰還していたようだ。 　馬の足を止めているアルミンの横を通り過ぎ、こちらへ向かってくる。窓から顔を覗かせているユリウスの目の前で、殿下が馬の足を止めた。 　馬に乗っているためその顔の位置はほぼ真上を見上げるほどの高さにあり、その背後の太陽光の眩さに、ユリウスは目を細めた。 「どこに行っている？」 　逆光で顔は見えないが、その声は明らかに怒気を孕んでいた。 「あ……、えっと……、故郷に帰っているところです。殿下もそうするように仰っていたので……。殿下がいつお帰りになるかわからなかったので、ご挨拶もせずに申し訳ありません」 「そうか」 　殿下が押し黙り、沈黙が流れる。 　不機嫌の理由を、ちゃんと挨拶をしなかったからかと思い至った。 「すみません。僕、馬車から降りもせずに……」 　慌てて、殿下がいるほうとは逆方向にある扉を開けようと、鍵に手を伸ばしたのだが……。 「降りる必要はない」 　遮るように声が聞こえてきた。 　ユリウスは再び、窓から顔を覗かせる。 「面倒事が片付いたら、お前の家に挨拶にいきたいと思っていたのだ。ちょうどよかった。俺もこれからイェーガー家に向かう」 「ええ！？」 　と思わず、驚きの声を上げた。 「急いで軍営に戻らなければならない状況ではないのですか？」 「急いで帰らなければならない理由のほうから迎えにきたのだから、これ以上急ぐ必要はない」 　殿下の言っていることは、ユリウスにはよくわからなかった。 　殿下が前方にいるアルミンに顔を向ける。 「お前はどうする？　俺たちと一緒に来るか？」 「あー、えーっと。最強の護衛を確保できたみたいなので、俺はここでお役御免でいいですよね。このまま都に向かいます」 　振り返ったまま、引き攣らせた笑みを浮かべてぽりぽりと頬を指で掻くと、アルミンは馬をターンさせて鼻先をこちらに向けた。 「じゃーね。ユーリ！　ちゃんとガイトナー公に優秀な用心棒だったって手紙で書いておいてね！」 　手を振られ、ユリウスも振り返す。 「アルミン、色々ありがとう！　都に行ったときは、また会いに行くから！」 　殿下はそれ以上何も言わず、無言で馬をターンさせると、元来た道を進み始めた。その背中から、怒りのオーラが伝わってくる。 　故郷に帰り着くまでに殿下の機嫌が治っていることを、願うしかなかった。