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はじまりの場所(7)
「止まらなくなりそうだから」という理由で、触れるだけのキスを交わし、ユリウスはようやく、殿下を家へと案内することができた。
歩きながら、訊かれたことがある。
「自分の出自について、知りたいか?」ということだ。
殿下はここにいた頃、ユリウスの出自にまつわる父と家令の話を、たまたま聞いてしまったらしい。それを調べるために、第5騎士団への転属を希望していたそうだ。
「その話が本当なら、お前を選定の儀に参加させずにすむかもしれないと思っていた……。だが、証拠集めが間に合わなかったから、皇帝陛下に相談したんだ。その頃、防衛情報の写しが紛失し、第2皇弟と第5騎士団の団長が接触していることがわかって、陛下はその二人が何かを企んでいるんじゃないかと疑っていた。その調査を引き受けることを条件に、選定の儀でお前が誰にも選ばれないように仕組んでもらったんだ」
第2皇弟が今回の陰謀の黒幕だったことは、ウェルナー辺境伯領にいた間に第一報が届いて、フリッツに教えてもらった。
第2皇弟は毒殺が疑われている第1皇弟の同胞の弟で、皇太后とその息子である皇帝陛下を恨んでいたそうだ。ウェルナー辺境伯領が隣国に帰属すれば、その責任を追及して皇帝陛下を退陣させるか、もしくは隣国との間で戦になるようなら、その隙をついて政権を奪うのが狙いだったらしい。
自分が選定の儀の売れ残りではなかったことを嬉しく思いつつも、まさかそんな国家的な陰謀を暴くのに、平民のオメガの自由を交換条件にする殿下は、どこか感覚がおかしいのではないかと思ったりもした。
それに、そのとき既にユリウスに気があったのなら、選定の儀に参加して、殿下がユリウスを選べばよかった話だ。
「どうしてライニ様は選定の儀に参加されずに、僕を侍従にしたのですか?」
「選定の儀で選んでしまったら、お前は拒否できなくなるだろう? お前はまだ、エイギルのことが好きだと思っていたから、お前の気持ちを大事にしたかった。まさか、侍従になりたいと言われるとは思わなかったがな」
――あれ? 僕が侍従になりたいって言ったんだっけ?
ユリウスの頭の中では、殿下にユリウスを妾にする気がないから侍従になったのだと、記憶されていた。
よく思い出せないが、今となっては、どちらでもいい。
「ユーリの出自のことは、事前にイェーガー公と相談した上で、お前に話すかどうかを決めるつもりだったが、お前がケースダルムに連れて行かれるかもしれないと思ったら、焦ってつい口にしてしまっていたんだ」
ユリウスがウェルナー辺境伯に連れて行かれようとしたとき、殿下が『公の正式な跡取りです』と言ったことを思い出した。
あのときは、辺境伯を動揺させるための口からでまかせくらいにしか思っていなかった。
「出自について知りたいか?」と改めて訊かれなければ、きっと忘れていただろう。けれど、そう訊かれたら、知りたいこともあった。
どうして、ユリウスを抱きしめるとき、母はいつも泣いていたのか。「ごめんね」と謝っていたのか。
「僕は……。僕の出自になにか秘密があるのなら、知りたいです」
聞いたところで何かが変わるわけではないと思う。
ただ、秘密を知っている人達が、隠していることで苦しい思いをしているのなら、それが楽になればいいと思った。
突然の皇弟殿下の来訪に、当然、両親はびっくりし、使用人たちは上や下への大騒ぎだった。
そして、「ユーリを妻に娶りたい」という殿下の発言に、両親だけでなく、ユリウスも驚いた。
「妻ではなく妾ですよね? ユーリは平民なので……」
「ユーリは毒に気づき、俺の命を救ったことで、爵位を与えられることになったんです。だから、『妻』で間違いありません。それが、ウェルナー辺境伯の望みでもあります」
ウェルナー辺境伯の名前を出したとき、父の眉がぴくりと動いた。
「父さん……、僕の出自には、何か秘密があるの? 知っていることがあったら、話してほしい」
父はしばらくの間、逡巡するそぶりを見せていたが、やがて深い溜め息をこぼし、苦しげな顔で口を開いた。
「ユーリ。お前は……、私の血の繋がった子供ではない。亡くなった母さんの子供でもない」
ユリウスは息を呑み、俯きがちの父の顔をまじまじと見つめた。
「お前は……、ウェルナー辺境伯の子で、本来なら、後継ぎとなるべき子供だった……」
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