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第3話

 春風が竹林を吹き抜けて、さわさわと葉が擦れる音が聞こえる。白露はこの音を聞くと、安らかな気持ちになる。  初めての長旅に出るということで早起きしてからずっと気が逸っていた白露だったが、葉擦れの音を耳に捉えるとたちまち気分が穏やかになった。  里の外にも竹林はあると聞くが、そうでないところも多いらしい。今日からしばらく聞けなくなるかもしれないと思うと、自然と足の速度は落ちた。  とうとう里の入り口まで来てしまった。ようやくだという思いと、別れたくないと叫ぶ心が入り混じる。  それでも白露は里に留まろうとは思わなかった。なぜかわからないけれどオメガに生まれついたからには、アルファと(つが)って両親のように温かな家庭を築きたいという夢があったから。  白露は振り返って両親に別れを告げる。 「それじゃ、行ってくるよ」 「気をつけてな」 「元気でね」  ゆったりと手を振る二人に、白露も手を振り返した。竹垣の側で寄り添い手を振る両親は仲良く寄り添っていて、白露はそれを見てにっこりと笑顔になる。 (父さんと母さんみたいに協力しあってのんびり暮らしていけるような、そんなアルファの番が見つかるといいな)  白露は父と母が仲良くしているのを見るのが好きだ。里には別れて片親になってしまったり、いつも喧嘩ばかりしている夫婦もいるが、白露の両親はいつもお互いに助けあっている。  将来白露の番になる人とも、そんな風に仲良く助けあって暮らしていきたい。  美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を共に過ごせるような番関係が理想的だ。 (どんなアルファと出会えるのかな。オメガとしてちゃんとやっていけるのかわからないけれど、とにかく会ってみればなんとかなるよね)  二人の姿と思い出深い竹林を目に焼きつけながら気が済むまで手を振った後は、竹籠を背負い直して細い小径を歩いていく。 (この道をずっと行くと、竹林を抜けて他の村に着くって聞いてる。パンダ獣人以外の人を見るのって行商の馬おじさん以外では初めてだから、楽しみだなあ)  外にはどんな獣人がいるんだろうか。虎や牛、犬猫に鼠など、たくさんの種の獣人がいると聞いている。わくわくしながら弾むような足取りで進むと、予想していたよりも早く竹林の端にたどり着いた。

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