9 / 86

第9話

 太狼がしっしと手で追い払うような仕草で視線を散らしてくれて、ようやく一息つく。 「もしかして隠れ里から出るのは初めてか?」 「はい」 「パンダ獣人ってのはベータばかりだと聞いたことがあるんだが、オメガもいたんだな」 「そうなんです。僕は村で唯一のオメガでして。人がたくさんいるところなら、僕と番ってくれる人が見つかるんじゃないかと思って、里を出てきました」 「番を探しに来たのか、なるほど」  イタチ商人は哀れな声を上げながら、荷車に縛られ乗せられる。ロバ獣人の警吏に連れられて一足先に離れていった。 「さあ、俺達は皇都へ向かおうか」  太狼は白露に質問や世間話をしつつ、警吏を引き連れ皇都への道のりを一緒に旅した。彼は目的があって辺境まで旅してきたと説明してくれる。 「目的ってなんですか?」 「俺の大事な友達が、ずっと運命の番を探し求めているんだ。あいつのために国中を回っているところだ」  運命の番は世界中でたった一人しかいない、ピッタリと相性のあう番のことだという。  もしも出会ってしまえば他に番がいたとしても、子どもと老人ほどの歳の差があっても、惹かれずにはいられないらしい。 「普通の番関係じゃダメなんですか?」  太狼は目を閉じて、重々しく首を横に振った。 「特殊な獣人でな、種族的に運命の番しか受け入れられないんだとよ」 「そうなんですか、大変ですね」 「華族(かぞく)の中にはあいつの運命の番は見つからなかった。きっとあいつの運命の番は平民か、他国の獣人なんだろう」  華族というのは高貴な人のことで、通常オメガは華族に偏って生まれるらしい。新しい知識をなるほどと頭に刻みこんでいると、太狼は切なそうな瞳を白露に向けた。 「アンタみたいな子が、あいつの運命の番だったらいいのになあ」  太狼が『あいつ』に対してとても心を砕いていることが伝わってきて、白露は彼の友達のことを詳しく尋ねたくなった。だが口を開こうとした時に、松の林を抜けて平野へと出た。太狼は他の警吏に声をかける。 「さあ、大急ぎで野宿の準備をはじめるぞ」  彼の一言で警吏達は素早く野営用の幕を張りはじめる。何人かは薪を拾ってきて火をつけ、焚き火で米を炊きはじめた。米の匂いを嗅いだ白露は、引き寄せられるようにして焚き火の前でしゃがみこむ。 「なんだ、そんなに火が珍しいか」 「いえ、火というか、こっちの湯気が出ている物が気になります」  天幕設営の片手間に声をかけてきた太狼に返答すると、彼は奇妙な生き物を見るかのように白露の顔を見下ろした。 「なんだ、米を知らないのか?」 「米っていうんですね」 「ああ、炊き立ての飯は美味いぞー、期待しとけ」  白露は黒い耳をぴこぴこと動かして、目を輝かせて湯気を見つめた。 (やっぱり美味しい物なんだ! 楽しみだなあ)

ともだちにシェアしよう!