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第11話
まさか本当に会う日は来ないだろうと思っていたのに、天幕の設営を終えた太狼はとんでもないことを告げた。
「なあ白露、皇都へ行くついでに皇帝に会っていってくれよ」
「ええっ、そんな、僕みたいな平民が会えるんですか?」
敷き布に座り込む白露の隣に腰掛けた太狼は、白露の肩を安心させるように叩いた。
「もちろん会えるさ。アンタはオメガだ、あいつの番様かもしれないんだから、むしろ会ってもらえなきゃ困る」
太狼は白露の匂いを吸い込んで、納得するように何度か頷く。
「案外本気であいつの番かもしれないぞ。だってアンタ、茉莉花のような匂いがする。あいつの好きな花の匂いだ」
里でも時々言われたが、花のような香りがするらしい。手首を持ち上げて鼻から息を吸い込んでみても、米の炊けるいい匂いがしただけだった。
「だがオメガにしては匂いが弱いな」
「あ、僕まだ発情期が来ていないんです。年齢的には成人しているんですけれど」
胸を張って言う気にはなれず顔を伏せると、太狼は立ち上がって白露の頭を撫でた。
「運命の番に会うと急に発情期を迎えることもあるらしいし、気にしなくていいんじゃないか」
白露はソワソワしながら太狼の背を見つめた。
(発情期ってどんな感じなんだろう。ちょっと怖いな……でも気になる)
太狼は焚き火の方に近づいていき、鍋の蓋を取った。黒い尾が楽しそうに揺らめく。
「飯ができたぞ」
警吏達がよそってくれた艶々のお米を、白露は唾を飲み込みながら凝視した。
「わあ、美味しそう! いただきます、ありがとうございます」
出来立ての米と蒸し鶏、野草のサラダを食べてみると、素朴な美味しさに夢中になる。いつしか発情期を不安に思っていることについて、すっかり忘れ去っていた。
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