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第13話 運命との出会い

 絨毯が厚手だったので膝が痛くならずに済んでよかったと呑気な感想を抱いていると、芳しい香りが鼻先をくすぐる。  あまりにも魅力的な伽羅の香りにつられて、白露は顔を上げてしまう。  玉座には麒麟獣人の皇帝が座している。貴色である黄金色の髪と立派な黒角を持つ彼は、目を見開いて白露を凝視していた。 (あ、いけない。勝手に顔を上げてはいけないのだった)  黒いパンダの耳も顔と一緒に伏せて恭順を示す。辺境出身の白露でも、皇帝がどれほど高貴な存在かわかる。どうか怒っていませんようにと祈りながら沙汰を待った。  衣擦れの音と共に周囲がざわめく。前方向から誰か近づいてきているけれど、まさか皇帝様が来ているのだろうか。ドキドキしながら金の刺繍が美しい絨毯の模様を眺めていると、赤い紐で編まれた黒靴が目の前で止まった。 「顔を上げて」  涼やかな声が耳朶をくすぐり、促されるままそっと上を見た。豪奢な金の髪と共に青玻璃の瞳が目に飛び込んでくる。白露が今までに見たことがないくらいに美しい人だった。 (なんて綺麗なんだろう……天の国に住む神様のように神々しい人だ)  声もなく見つめあっていると、皇帝の薄い唇が信じられないといった様子でわななく。そして次の瞬間には華やかに綻んだ。 「ようやく見つけた、私の運命の番よ」 「運命の番……僕が?」  皇帝の一言を受けて、周囲の兵や重鎮達のざわめきがより大きくなった。立派な髭を蓄えた虎獣人が皇帝に尋ねる。 「皇上、誠に間違いはございませぬか」 「ああ、間違いない。この少年だ」  白く形のいい手が白露の前に差し出される。戸惑っていると手を取られて、起立するように促された。立ち上がるとちょうど目の前に皇帝様の鎖骨がある。緩やかに波を描く金の髪が一房、胸の前にかかっていた。  目線を上げると、眩しいくらいの美貌が白露を一心に見つめていた。その瞳に吸い込まれそうな気分になりながらも見つめ返す。 (この人、すごくいい匂いがする。嗅いでいるだけでうっとりして、夢を見ている気分になれちゃうような匂い……)  伽羅の香りが脳髄まで染み込み、複雑に混ざりあった天上の香りが、白露の体中を包み込んでいるかのような錯覚を起こした  すんすんと本能のままに香りを吸っていると、皇帝は白露の首筋に顔を近づけてくる。 (わ、近い……!) 「匂いが薄いな、発情期が来ていないのか」  運命の番に会うとすぐに発情期を迎えるのかもと思っていたが、どうやら何も起こらなかったらしい。  固くなった肩の力が抜けると同時に、眉尻もへにょりと落ちる。残念なような安心したような、なんとも言えない気分だった。  皇帝は一度体を離すと、優しい口調で白露に語りかけた。 「我が名は琉麒(りゅうき)。私の唯一無二の番よ、貴方の名前を教えてくれないか」

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