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第14話

 大切な者を扱うような優しげな視線を向けられて、トクトクと胸が高鳴りだす。 「白露です」 「春の雪解けのような柔らかな響きの名前だね。貴方によく似合っている」  秀麗な顔に親しみを滲ませた琉麒は、白露の手を引いて移動しはじめた。 「私の部屋に案内しよう。虎炎、太狼、後は任せた」 「はっ! 心得ました」 「え、ちょっと待ってくださいよ皇上」  焦った声が背中から追いかけてくるが、琉麒は白露にだけ視線を注ぎながら謁見室を出ていこうとする。白露も琉麒に見惚れながら彼についていった。  琉麒は涼しげな声音に熱を織り混ぜながら、白露の黒耳にそっと耳打ちする。 「貴方のことをもっと知りたい。私に全てを見せてくれないか」 「見せる? えっと、聞いてくれたらなんでもお答えします、皇帝様」 「そのような他人行儀な話し方をしないでおくれ、愛しい人。貴方と私は番になるのだから。琉麒と呼んで、白露」 「琉麒……」 「そう、それでいい」  甘い声で口説かれて、夢見心地で足を進める。気がつくと装飾彫りと金細工が施された立派な扉の前に来ており、腰を抱かれてそのまま入室した。どうやらここが皇帝様の居室らしい。  琉麒は部屋の前に立っていた護衛に、番と交流するから誰も入れないようにと伝える。命令を聞き入れた門番の手によって、扉がしっかりと閉じられた。赤い天幕と飾り紐で装飾された豪華な寝台に、連れられるままに腰掛ける。  皇帝は息がかかりそうな至近距離で白露の黒い瞳に焦点を当てた。青玻璃の宝石細工のような瞳が眼前に迫る。熱に浮かされたような声音で琉麒はそっと告白した。 「白露、私は君に出会える日をずっと待ち望んでいた」 「そうなんですか? 光栄です琉麒」  頬を紅潮させながらそう答えた白露だったが、皇帝の目の下に隈があることに気づいた。そっと指先でなぞるとくすぐったそうに笑われる。 「どうした?」 「酷い隈ですね」  よく見ると顔色も蝋のように白く、体調が悪いのではないかと心配になる。琉麒はなんでもなさそうに告げた。 「ああ、三日寝ていないからね」 「三日も⁉︎ 大変ですね、今すぐ寝た方がいいですよ。僕が子守唄を歌ってあげます」 「子守唄? いや、そのようなもので寝かしつけられる歳ではないのだが」  琉麒は白露の言葉に困惑の表情を浮かべていたが、白露が靴を脱いで寝台に乗り上がりぽんぽんと膝を叩くと、同じように靴を脱ぎ、はにかみながら膝の上に頭を乗せた。 「ふ、このように甘やかされて心地よく感じるのは久方ぶりだ」 「琉麒はおいくつなんですか?」 「今年で二十八になった」 「そうなんですね、僕より十歳も大人だ」  そんな大人の人の頭を膝の上に乗せたのは初めてだ。格子窓から差し込む午後の日の光を浴びてキラキラ輝く金の髪や金色の耳、黒く立派な麒麟角に見惚れていると、腰に回った手が白露の帯を引っ張りはじめた。

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