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第17話

 太狼はもったいつけた口調で、人差し指を立てた。 「夜になったら琉麒を寝かせてやって、求めに応じることだ」 「なるほど……! 求めに応じるってなんですか?」  白露がこてんと首を横に傾げると、太狼は明後日の方向を向いた。 「あー、そうだな……白露、お前には経験があるのか?」 「経験ってなんのですか?」 「わかった、つまりないんだな。だったら琉麒のやりたいことを受け入れてやってくれ。俺から言えるのはそれだけだ」 「はあ……わかりました」  どうやら白露の仕事は、琉麒を寝かしつけて求めとやらに応じることらしい。後半は琉麒が起きたら確かめることにしよう。 「ということは、今日の仕事はもうおしまいってことですか?」  太狼は腕を組みながら鷹揚(おうよう)に笑った。 「そういうことになるな。突然ここに連れてこられて疲れているんじゃないか? もう休むといい」 「休む……そうですね。ではそうします。どこか部屋を貸していただくことってできますか? お金はあんまり持っていないんですが」 「金なんて取らねえよ。すぐに部屋を用意させるな」  白露は琉麒の隣の部屋へと案内された。琉麒の部屋は赤や黒の(うるし)塗りの家具や金の装飾を施された香机(こうづくえ)などがあって豪華な様相をしていたが、この部屋はほとんどが木でできた家具に囲まれていた。  金の装飾は一部にしかないが、かえって白露にとっては落ち着く内装をしていた。 「悪いな、好きに改装していいって言われると思うんだが、今日のところはここで休んでくれ」 「十分すぎるくらい素敵なお部屋です、ありがとうございます」 「そうか? 気に入ってくれたならよかったよ」  太狼は狼耳をピンと立てながら、得意げに鼻の下を擦っている。 「それにしても、この広い麒秀国で偶然俺とアンタが出会って、琉麒に会わせてやれるなんてな。俺たちの運は特別にいいらしい。各人頭上に一個の天というが、アンタの天の星は煌々と輝いているだろうさ」 「えーっと? 初めて聞く言葉ですね」  黒耳の狼獣人はピンと尻尾を立てて驚いた後、言葉の意味を説明してくれた。 「そうか、庶民の間じゃ知られていないよな。昔のことわざで、運は人それぞれって意味だ。華族はとにかくことわざを使って物事を表現するんだ。白露も覚えておくと重宝するぞ」 「そうなんですね、覚えておきます」 「それがいい。じゃあ、俺はそろそろ行くな。何かあれば護衛と女官をつけておくから、彼らに伝えてくれ。俺も必要とあらば駆けつける」 「はい、ありがとうございました」  白露が感謝の気持ちを込めてにこやかに返事をすると、わしゃわしゃと黒髪を撫でられた。

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