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第28話

 これではいけないと思い、せめてやる気をアピールする。 「あの、きっと大事なことなんですよね? 勉強します、教えてください!」 「ああその、わたくしの口からはとてもではありませんがお伝えできませんので、皇上に一任致します。先走ってしまい誠に申し訳ありませんでした」 「なんで謝るの?」 「ええと……とにかくお召し物を替えましょう」  魅音が行き場のない様子で尻尾を丸めていたので、白露はそれ以上話を続けずに着替えさせてもらうことにした。  女の人に甲斐甲斐しく着替えさせてもらうのは緊張するけれど、これも魅音の仕事だと思って、素直に曲裾の深衣を着付けてもらう。 「今日の服も麒麟柄だね」 「白露様のために急遽ご用意させていただいたもので、元は皇上の幼少時に身につけていた服でございます」 「そうなんだ」  少年時代の琉麒はものすごい美少年だったんだろうなあと頭の中で思い描く。帯は琉麒の角と同じような黒色をしていて、同じ色をまとえて嬉しくなり口元が自然と弧を描いた。 「お気に召しましたか?」 「うん。琉麒とおそろいの色、嬉しいな」  笑顔で答えると、魅音も控えめな微笑をくれた。薄く目尻に皺の寄った瞳を細めて、息子を見るような慈愛の視線を向けられる。 「それはよろしゅうございました。本日はどのように過ごされますか」 「琉麒はどうしてるの?」 「執務の最中かと思われます」 「それって僕には手伝えるのかな?」  魅音はそっと視線を逸らし、言いにくそうに控えめな声で返答した。 「皇上は、白露様が健やかにお過ごし遊ばれるのを望むかと」 「そっかあ……」  健やかにお過ごし遊ばれるってどういう意味だろうと一瞬首を捻ったけれど、自由にしていいよという意味合いなのだろう。華族の使う言葉は難しい物が多いなあと感じた白露は、魅音にお願いをした。 「好きに過ごしていいのなら、僕は字を習いたい。字がわかったら琉麒の仕事を手伝えるかもしれないよね?」 「そうですね。可能性は無くはないでしょう」  曖昧な肯定だったけれど、白露が字を習うこと自体は歓迎してくれるようだ。字が読めるようになったら、華族の使うことわざとやらも覚えやすいかもしれない。  言葉が難しすぎて一度聞いただけでは覚えられないから、字を書くことができれば何度も唱えて練習することができる。 「よおし、僕がんばるよ!」  白露は割り当てられた自室に移動し、朝食を食べ終えたら早速字を習いはじめた。魅音は書庫から綴じ本を持ってきてくれて、見本を見せながら紙に簡単な文字を書いてくれる。 「音読致しますので、音の響きと文字を一致させましょう」  普段何気なく話していた言葉がこんなにも複雑な字で構成されているなんてと驚きながらも、白露は魅音の用意してくれた音節表を頼りに文字を一つずつ読みはじめた。

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