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第29話

 白露は宣言通り勉強をがんばった。太陽が空高く昇る頃まで音読を繰り返していると、白露の部屋に皇帝が訪れる。黄金の髪に負けないくらいに麗しい顔に微笑を浮かべて、柔らかな声音で語りかけてきた。 「白露、精が出るね」 「琉麒! もうお仕事は終わった?」 「いや、昼餉の時間だから一度抜け出してきたんだ。一緒に食事を摂らないか」 「うん、食べたい!」 「あまり時間がないからここに運んでもらおう。魅音、頼む」 「かしこまりました」  琉麒は白露を膝の上に乗せたいのか、ポンポンと膝の上を手のひらで示す。 「おいで、白露」  恥ずかしさもあったけれどそれ以上に琉麒とくっついていたい気持ちが強かったので、ゆっくりと歩み寄り膝の上にお邪魔した。  包みこむような伽羅の香りに、心がほぐれていく。すり、と肩口に額を擦り付けると琉麒はくすぐったそうに笑った。 「勉強をしていたんだね。捗っているか?」 「どうだろう、まだ全然わからないや」 「急ぐことはない、ゆっくりと覚えていけばいい……こういうことも」  琉麒が白露の頸を指先でなぞる。ぞわりと肌が反応して、白露はパッと首の後ろを手で押さえた。  琉麒の手は巧みに白露の手を避けると、首のつけ根辺りを指先で押した。本能的に恐怖を感じて肩を強張らせる。 「……っ」 「発情期がきたら、君の頸を噛んで正式な番にしたい。今頸を噛んでしまうと番になれないかもしれないから、君の体が大人になるのを待つよ」  切ないくらいに真剣な声色で囁かれて、白露も自然と声を潜めた。きっと今すぐにでも番になりたいと思ってくれているのだろう。白露が変なオメガであるばっかりに番になれなくって申し訳ないなあと肩を落としながら、彼の言葉に頷いた。 「……うん、わかった」  落ち込む白露を見て、番になるのを怖がっているとでも思ったのだろうか。琉麒は切なげに眉尻を下ろした。 「白露は私と運命の番でよかったと思っているか?」 「僕は……」  琉麒のことは一昨日初めて会ったなんて信じられないくらい慕わしく、離れがたく感じている。 (まさか皇帝様の番として選ばれちゃうだなんて、夢を見ているみたいだ。これからどうなるのかなって不安はある。けれど)  それでも琉麒と離れたいとか、もっと普通の人が番だったらよかったなんて欠片も思わなかった。

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