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第34話

宇天は足をぶらぶら遊ばせながら大袈裟に嘆く。 「発情期ってすごく辛いよねえ。オメガに生まれたからにはしょうがないことだけど、抑制剤を飲むと体が怠くて仕方がないし、飲まなかったらしたくてたまらなくなって、他のことに集中できなくなるから困ったものだよね」 「そうなんだ。僕はまだ発情期が来ていないからよくわからないけど、大変そうだなあ」  宇天は大きな目をさらにまん丸に見開いて、驚きを示した。 「まだ来てないの⁉︎ 変なのー、キミはボクより年上に見えるけど」 「やっぱり変だよね」  白露は苦笑しながら俯いた。身体はなんともないし、発情期になると大変そうだから成り行きに任せればいいかなと思っていたけれど、変だと言われると気になってくる。 (琉麒も僕と番になるためには発情期が来ないといけないって言っていたから、早く来るといいな)  どうすれば発情期が来るんだろう。白露は宇天の首輪を見下ろしながら尋ねた。 「宇天が発情期になった時はどんな感じだった?」 「どんなって、他のオメガと大体一緒だと思うけど? 最近怠いな、体も暑いし病気かなって部屋で休んでいたら、だんだんエッチなことがしたくてたまらなくなってきたんだ。抑制剤を飲んだらすぐ治ったけどね」  事もなさげに告げられて、白露は宇天のことが羨ましくなった。もしも普通のオメガだったなら、今頃琉麒とも番になれていたかもしれないのに。  眉根を下げて考えこんでいると、宇天は軽い調子で励ましてくれた。 「まあそのうち来るんじゃない? 気にしすぎるのもよくないから、自分磨きでもしてればいいと思う。後生(おそ)るべしって言うでしょ?」 「えっ、なんて?」  また知らない言葉だ、華族の使うことわざだろうか。宇天は怪訝そうな顔をしながらも教えてくれた。 「忘れちゃったの? 若者には無限の可能性があるけど、それが開花するとは限らないからちゃんと頑張ろうねって意味でしょ」 「そうなんだ、勉強になるなあ」  白露が関心していると、宇天はえっへんと胸を張って誇らし気に語った。 「オメガたるもの華族言葉に精通し、芸事に秀でていなくてはね。ボクは笙の他に琴も習っているよ」 「すごいね、僕は楽器なんて弾いたことない」 「キミの家ってどういう教育をしてるの。教師を雇うお金もなかったわけ?」  華族は教師から楽器を習うものなんだと内心驚きながら、白露がただの庶民だと知って話をしてもらえなくなったら困るので、ぼかしながら伝えた。 「誰かに伝承とか簡単な計算を習うことはあったけど、教える専門家の人から習ったことはないよ」 「かわいそう、すごく貧乏なんだね。家が没落中なの? その割にはいい服を着ているけれど」  宇天の視線が銀の刺繍に移る。白露も腕を伸ばして柄を見た。

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