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第35話
つる草と花が組み合わさったような図案は、見惚れるくらいに精緻な作りをしている。
「これだけの物を用意できるって、絶対上流華族の獣人でしょ? 婚約者がくれたとかそういう感じ?」
「番にしたいって言ってくれたから、婚約者なのかな」
「だったらそうだよ! いいなあ、ボクもあの方ときっといつか……」
ぽやんと夢見るような表情を見せた宇天は、突然ハッと表情を引き締めた。
「こうしちゃいられない、もう時間だ!」
「あ、もう帰るの?」
「違うよ、そろそろあの方が渡り廊下を通る時間なの! じゃあね白露、ボクと会いたかったらまたここに来てね!」
宇天はそそくさと笙を抱えて竹林から出ていった。白露は立ち上がってその背中を眺める。
(面白い人だったなあ。また会えるといいな)
白露の周りにはいないタイプの人だった。率直に物を言うけれど色々親切に教えてくれたし、悪い子じゃなさそうだ。白露は一人っ子で兄弟がいなかったから、弟がいたらあんな感じなのかなあと想像して、ふふっと頬を綻ばせた。
「白露様、そろそろお部屋に戻りませんか」
「戻る前にここの笹の葉を、何枚かもらっていってもいい?」
「……お召し上がりになるおつもりですか?」
「だめかな?」
魅音はたいそう困り顔をしていたが、食べるのは皇帝に許可を得てからにしてくださいと念押しされてから笹を持ち帰ることを許された。
(パンダ獣人以外で笹を食べる獣人って本当にいないんだね)
あんなに困惑した目で見つめられると、何か悪いことでもしているような気になってしまう。里とは全く常識が違うんだなあとしみじみと実感した。
もっと宮廷のことやオメガやアルファについて、それに皇帝の番として求められることを知りたい。宇天と話をしてからはなおさら、補うべき知識が山ほどあるように感じた。
(教師をお願いすることってできるのかな。宇天も楽器を習ってるって言ってたし、僕も何か習った方がいいのかもしれない)
何を一番最初にするべきなのかわからないけれど、とにかく何かしなければいけない気がする。焦りを額に滲ませながら白露は魅音に尋ねた。
「今って琉麒はお仕事中かな、会いにいける?」
「確認して参りますので、お部屋に戻って待ちましょう」
時刻はちょうど夕飯時だった。一緒にご飯を食べたいと思いながら部屋に戻って、魅音の帰りを待った。しばらくして戻ってきた魅音は、申し訳なさそうに告げた。
「皇上は仕事が立て込んでいて、今晩はお会いできそうにないとのことでした」
「そっか、残念だけど仕方ないね」
魅音に食事を部屋に運んでもらってから食べた。あれほど美味しいと感じた桃を食べても、一人だと味気なく感じる。一緒に食べようと誘っても、護衛達には断られてしまった。
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