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第52話 番に相応しいのは
白露はしゅんと肩を落とす。
「ごめん」
「……別に。ボクを馬鹿にしたわけじゃないんでしょ? だったらいいよ、次から贈り物をくれる時はちゃんとボクの好みを反映してよね」
「わかった」
喜んでもらうつもりが、呆れさせてしまった。うつむいて反省していると、宇天は何度か白露と竹林に忙しなく視線を往復させてから、上擦った声で話しだした。
「ところで、今日の首輪はなかなか素敵だね。この前のよりも似合ってるよ」
「ありがとう。婚約者……が、くれたんだ」
琉麒のことを婚約者だと言っていいものか一瞬迷ったが、そのような関係であっているはずだと思い、そう口にしてみた。宇天は検分するようにまじまじと白露の首輪に顔を寄せる。
「この色、ボクの好きな人の目の色とそっくりだ」
「えっ、そうなの? 偶然だね」
「こんなに綺麗な青色の瞳をした華族はなかなかいないよ? それにこの首輪の色も、麒麟角の色そのもの……」
ドキッと胸が変な音を立てた。
「ねえ、ひょっとしてキミの番って皇帝様だったりしないよね?」
白露は喉まで肯定の言葉が出かかったが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。危ない、まだ正式にお披露目できないって言われているんだった。
宇天は白露の奇妙な反応に構うことなく、踊るようにくるりと体を離して笑い飛ばした。
「なーんてね。そんなことあるはずないよね。だって皇帝様の番になるのはボクって決まっているし」
「えっ」
宇天は無邪気に笑うと、夢見るように両手を組んで空を眺めた。
「皇帝琉麒様、ボクが幼い頃からずっと憧れの人。白磁の肌に黄金の川のような髪、黒い宝石のような角に美しい金色の耳、豊かな尻尾……麒麟獣人は王族の獣人にしか現れない特徴で、特別感があるよね。ボクは絶対に将来、麒麟獣人の子どもを産むんだ」
口の端を緩めた宇天は、自らの言葉に酔いしれながら語り続ける。
「見た目も能力も優れた人ばかりでうっとりしちゃうよ。皇帝様は政治的な手腕も素晴らしいんだよね。四大神獣の末裔とされる四獣華族からも支持されていて……」
宇天の口から語られる琉麒は、白露の知らない人のようだった。立石に水のごとく流暢に流れる話は途切れることはなく、白露が口を挟む暇もない。
美辞麗句を尽くして時にことわざで皇帝を讃えながら、宇天の演説はいつまでも続く。
やがて話はそんな素晴らしい皇帝の番になるために、いかに自身を磨いてきたかという話題へ移り、蝋燭の火が尽きるほどの長時間を語りつくしてやっと満足したらしい。柔らかな曲線を描く耳をぴこぴこと満足そうに動かした。
「ってことだから、やっぱり皇帝様の番に相応しいのはボクだと思うんだ。ボク以上に美しくて芸事に秀でていて、家柄もいいオメガなんてそうそういないよ。ねえ、白露もそう思うでしょ?」
白露は何も答えられなかった。鉛でも飲み込んだかのように舌が動かない。
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