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第55話

変な匂いや汚れなどはついていないだろうかと、いてもたってもいられなくなり竹細工を琉麒の手から取り返してしまった。  その動きがいつになく素早かったせいか、琉麒は目を見開き驚いている。 「あ……ごめんなさい」 「いや、こちらこそ無遠慮に触ってしまったようだ。すまなかった」  琉麒はなにも悪くないと首を横に振る。理性的に振る舞えないなんて、皇帝の番として失格なんじゃないか。焦りばかりがひたひたと、胸を冷たく浸していく。 「ああ、僕……全然琉麒の番に相応しくないよね」 「どうしたんだ、白露」  うつむく白露の背に琉麒は手をかけて、慈しむように抱きしめた。伽羅の香りと温かな体温が、固く冷えた白露の心にゆっくりと染み込んでいく。  琉麒はなにも言わずに白露を包みこんでくれた。天下の皇帝様なのに、床の上に座りこんで白露を膝に乗せてくれる。 「そんな、琉麒」 「いいからじっとしていなさい。今日は私が君を癒す番だ」  琉麒は聞いたことのない旋律を口ずさみはじめた。流れるような歌はどこか切なく、美しい歌声は白露の胸を突く。形のいい唇をじっと見つめながら、白露は歌声に聴き入った。  歌詞には貴族的な言い回しが使われていて、言葉の意味は所々わからないものの、切ない想いは痛いほどに伝わってくる。 「……久遠の別れを誘う月が、私だけを見下ろしていた……」  やがて余韻を残して音が止む。音に支配されていた空間が日常の空気に緩みはじめ、白露は感嘆の吐息を漏らした。 「すごい……琉麒は歌も上手なんだ。僕よりもずっと上手」 「私は白露の歌声のほうが好きだな。柔らかな声に癒されるから」  琉麒は苦笑すると、白露の背を撫でながら格子窓の外を見つめる。白露もつられて外を眺めた。視線に気づいたヒバリが、木の上から空へと飛び立っていく。 「知らない歌だった。なんの歌なの?」 「亡くした番を恋しく想う歌だ」  番を亡くすなんて……白露は琉麒とまだ番ではないというのに、もしも琉麒と生き別れてしまったらとんでもなく悲しいだろう。想像しただけで涙が出そうになる。 「華族の間で長く流行っている歌だ。私は最近になって、ようやく歌詞の意味を理解することができた」  琉麒の顔に焦点を戻すと、青玻璃の瞳がまっすぐに白露に向けられる。

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