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第69話

 桃を食べるなり泣き出した白露を見て、熊店主は目をひん剥いた。 「おいおい、なんでそんなに泣いてんだ! どうした! そんなに桃が美味かったのか!」 「ひぐっ、ぐす……うえーん」  白露は返事を返すこともできないくらいに泣きじゃくり、店主はオロオロしながら白露の周りをぐるぐると回る。  通りの人がなんだなんだと寄ってきて見せ物状態になってきたので、心優しい店主は店の中に入れてくれた。  しばらくして、桃を売り切ったらしい店主は店じまいをした。白露はすでに泣き止んでいたけれど、もうなにもする気力が湧いてこない状態で、ただ赤くなった目でぼんやりと皇城の方向を窓から眺めていた。  のそりのそりと店主が近づいてきて、白露の顔をのぞきこむ。 「なあ、お前はいいとこの家の坊ちゃんなんだろう。何があったか知らねえが、家に帰ったらどうなんだ」  白露は瞳を隠すように伏せて首を横に振った。今琉麒の前に出ていってしまえば、彼の言葉に甘えて番候補としての生活を続けることになるだろう。でもそれでは、琉麒は新しい番を探すことができない。 (僕のような出来損ないのオメガじゃなくて、ちゃんとしたオメガと幸せになってもらいたい。その方が琉麒にとって絶対にいいよ)  ああでも、琉麒の番になりたかったなあ。思うだけでまた涙が溢れてきて、店主はあちゃあと天を仰いだ。 「わかったわかった、何か事情があるんだな。飾り紐の代金として、一晩だけ泊まらせてやる。ちゃんと考えて、どうするか決めな」 「う……ん。あり、がと」  目尻の涙を袖口で拭き取りやっと顔を上げると、店主は背を丸めて白露の顔をのぞきこみながら同情を寄越した。 「若えもんがこんなに思い詰めて可哀想になあ。俺のことは気にするな、同じ熊獣人のよしみってことで。な?」 「僕、パンダ獣人だよ」 「パンダ⁉︎ おおっ、本当だ。尻尾の色が違うぞ」  ひとしきり驚いた店主は使っていない部屋があるからと、物置き場となっているが寝台もある部屋に案内してくれた。店主は夕食まで用意してくれて、なんていい人なんだろうと感動する。 「こんな埃っぽいところしかなくて悪いな」 「とんでもない、ありがとう」 「ちゃんと飯を食えよ。腹が減ってると頭が回らねえからさ。じゃあな」  食膳を受け取り部屋で一人になると、途端に心細さが込み上げてきた。白露はもう、何も知らずに旅立った頃の白露ではない。  オメガが一人で旅をする無謀さも知っているし、首筋を晒して歩くことがどんなに恐ろしいことかも理解していた。  それでも首輪をしていれば一目でオメガだとバレてしまうから、首輪をせずに尻尾も隠して、ベータの熊獣人のふりをしながら旅をするしかない。できるかなあとため息をつく。 (誰にもオメガだってバレないようにしなきゃ。琉麒以外の人には噛まれたくないんだ)  白露には発情期が来ていないから、もしかしたら誰かに頸を噛まれても、番が成立しないということも考えられる。

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