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第30話 葛藤 ②
雅成が目を覚ましたのは、浴衣姿で旅館の布団の上だった。
体は綺麗にされていて、もう自分のお腹の中に拓海の精が残っていないことを知る。
「もしも僕が女の子なら、拓海との赤ちゃんを授かることができたのかな?」
自分の隣ですやすや眠る拓海の髪をそっと撫でながら、できもしない『もしも』な未来を考えてしまう。
もう一度拓海の隣で眠りに着こうかと目を閉じようとした時、
「旦那様からのご伝言をお預かりいたしました」
襖の向こうから森本の声がした。
「わかりました。そこに置いておいてください」
そう言うと森本の声はもうしなかったが、気配が消えていった。
拓海を起こさないように、そっと襖の向こうに置かれた手紙を拾い中身を取り出す。
ー 三日後。雅成と拓海と例の伴侶とのステージが決まった。返事は当日会場に来るか来ないかでええ。どうするか、どうしたいかは雅成が決めてええ ー
短い文章だったが、先日、嶺塚と話たことが嘘でも夢でもなかったことを突きつける。
自分の命。拓海との時間。新しい伴侶。その場所凌ぎだが提案された存命方法……。
拓海と一瞬でも長く一緒にいたい。
でもそうするためには新しい伴侶を受け入れないといけない。
拓海以外の伴侶は考えられない。
でも伴侶を解消すれば、自分の気持ちを伝えることができる。
どれに重きを置くか、ずっと決めかねている。
「どうした? なにかあった?」
眠っていると思っていた拓海が起きてきて、立ち尽くしていた雅成を背後から抱きしめる。
「う、ううん」
持っていた紙を急いで胸元にしまったが、それよりはやく拓海の手が伸び、すっと手紙を雅成の手から奪い取る。
(どうしよう! あの手紙には新しい伴侶のことが書いてある!)
「か、返して!」
拓海の手から手紙を奪い返そうとしたが、その時には拓海は手紙に目を通していた。
拓海の顔が、スッと真顔になる。
「ち、違うんだ。これは……」
もっともらしい言い訳を言おうとしたが、咄嗟のことすぎて何も思い浮かばない。
「どうして隠してたんだ?」
手紙に視線を落としながら、拓海は言う。
「そ……それは……」
一番知られたくなかった人に、知られてしまった。
真実を知った拓海が離れていってしまうのではないかと、震えが止まらない。
「それは……それは……」
震えからうまく話もできない。
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