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第52話 すれ違い ⑩

 雅成が目を覚ました時、隣には拓海はいなかった。  時計を見ると、まだ朝の4時。  トイレにでも行ったのかと、再び目を閉じた。  次に雅成が目を覚ました時、また隣には拓海はいなかった。  時計を見ると、朝の5時。  拓海が寝ていただろう場所を触ると冷たくて、しばらく拓海がベッドにいなかったことを示している。 (体調でも悪いのかな?)  雅成もベッドから起き上がり、拓海を探しに寝室を出た。  トイレに行くがいなかった。  書斎に行くがいなかった。  バルコニーにもいなかった。  最後にキッチンに行くが電気は付いていない。  ドアを開けると、暗がりなのにコーヒーのかすかな香はした。 「拓海?」  声をかけると、カサッと何かが動く音がした。 「拓海、いるの?」  電気を入れると、アイランドキッチンの中で佇んでいる拓海がいた。 「! びっくりした〜。いるならいるって言ってよ〜」  雅成が声をかけると、虚な目の拓海がフラフラと雅成に近づいてきて、雅成の肩に頭をのせる。 「どうかしたの?」 「……」 「体、しんどい?」 「……」 「嫌なことあった?」 「……」  問いかけても何も返ってこない。 「拓海?」  背中に手をまわすと、 「逃げよっか……」  消え入りそうな拓海の声がした。 「密輸船とかに乗せてもらってさ、どこか遠くに行こう……」  雅成の肩に頭を置いているので、拓海が今、どんな表情をしているかはわからない。  だから余計に思い詰め沈んだ声が、際立って聞こえた。 「逃げよっか……」  拓海の肩が震える。 「泣いてるの?」 「……」  何も答えてくれない拓海の顔を覗き込もうとすると、きつく抱きしめられた。 「他の誰かを助けるために雅成が辛い思いをするのなら、他の誰かなんて助けたくない。それでも助けないとだめなんだったら、もう逃げるしかないじゃないか……」  独り言のように拓海は言う。 「なんのこと?」  聞き返すと、 「今日の午後、空いてる?」  質問で返された。 「今日の午後は……」  ルイと会う約束をしている。 「病院に行かないとダメで……」  嘘を付いた。  ここ何日もずっと病院にも研究室にもいっていないが、拓海には「病院に行ってくる」と出かけてルイと会っている。 「そっか……。じゃあ俺、一緒に行って待ってるよ」 「それは……ほら、何時に終わるかわからないし、拓海はお義祖父様に呼ばれてるんでしょ? そっちに行かないと」  ルイと会っているのは拓海には知られてはいけない。 「会長にはうまく断っておくから大丈夫。俺、待ってるよ」 「お義祖父様の約束を断るなんてダメだよ。怒られちゃうよ」 「いいよ……怒られたって……」 「ダメだよ。行ってきて……きゃっ!」  話の途中だったのに、乱雑に抱き上げられ調理台の上に押し倒される。 「雅成は俺といるの、そんなに嫌?」  怒りの目で拓海が雅成を睨みつける。  拓海にきつく料理台に押し付けられた両肩が痛い。 「痛いよ拓海……」 「そんなこと……そんなこと聞いてない!!」  さらに肩を押しつけられ、大声で怒鳴られる。 「そんなこと聞いてない! 俺といるのが嫌なのか!? って聞いてる!」  鼻と鼻がくっつきそうなほど近づかれ、声を張り上げられた。

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