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第54話 真実 ①

 喉の渇きで、雅成は目が覚めた。  振り返ると拓海が雅成を抱きしめながら、穏やかな顔で眠っていた。  時計を見ると9時。  寝室で拓海と深く愛し合ってから、数時間しか経っていない。  いつも冷静で穏やかな拓海が、どうしてあんなに取り乱し乱雑に雅成を抱いたのか、どうしてあんなに自己嫌悪に陥り、不安に押しつぶされそうになっていたのか、はっきりとは雅成にはわからなかった。  でもなんに対しても敏感な拓海だ。  ルイとの関係に気がついたのかもしれない。  関係性には気づいていないかもしれないが、雅成とルイの間に何かあると、勘づいたのかもしれない。  もしそうなら、ルイと会うのはしばらくやめたほうがいいのかもしれない。  雅成は拓海の腕から抜け出すと、スマホを持ってキッチンに向かった。  締め切られていたカーテンを開くと、眩しいくらいの日差しが部屋の中に入ってくる。 (今日も少しでも長く、拓海といられますように)  太陽に向かって願い、スマホのロックを外す。 ーメールでごめんね。今日の約束、延期にしてもらってもいい?ー    ルイに送った。  するとすぐに ーわかりました。またいい日があれば教えてくださいー  返信がきた。  理由を何も聞かずにいてくれて受け入れてくれたルイに感謝した。    コーヒーメーカーのスイッチを入れエスプレッソを入れる。  ガリガリと豆が引かれる音と、香ばしい香が広がる。  喉が渇いていた。  本当なら水を飲みたいところだが、最近はほとんど食べ物の味がしなくなっていて、少しでも味がするものが欲しかった。  香はするのに味はしない。  おかしな話に、雅成は自嘲気味に笑ってしまった。  エスプレッソが入り、コーヒーメーカーが止まる。  コップの持ち手に手を伸ばし、一口飲んだ。 (やっぱり……)  予想はしていたが、もしかして今回は味化するのかもと期待していたが、現実はしなかった。 (誕生日の料理、味見してもきっとわからないから、ルイに分量を正確に書いたレシピをもらわないと)  もう一口飲もうとコップに口をつけた時、気管に異物が入った時のように急激な激しい咳がでた。  ゴホゴホと咳は続き、全身が痛む。  苦しくて涙が浮かんだ。  立っていられなくなって、座り込み咳が落ち着くのを待つ。 「雅成!?」  拓海がキッチンに飛び込んで来た。  返事をしたかったが、咳で返事ができない。 「雅成!?」  咳こむ音で拓海は雅成を見つけ、雅成を抱きしめながら背中をさする。 「大丈夫……大丈夫……」  穏やかな声で拓海が声をかけ続けた。 「大丈夫……大丈夫……」  背中から伝わる拓海の体温は、優しく温かい。  苦しいだけだった咳が、次第に落ち着いていき止まった。  「大丈夫。俺がついてる。俺がついてるから……」  咳が止まっても背中をさすってくれる。  拓海に包みこまれ、雅成は目を瞑った。 「ベッドに行く?」  聞かれ、雅成は「うん」と頷く。  そっと拓海に抱き抱えられる。  すーっと眠りに落ちていきそうになった時、急に胃の奥から何かが上に上がってきた。 ーゴポッツー  嘔吐とも咳とも言えない音と共に、雅成の口から生暖かい液体が吐き出される。 「!!」  雅成を見る拓海の目が見開かれ、真っ青になっていく。 「雅……」 ーゴポッツー  拓海が名前を呼ぶ前に、もう一度生暖かい液体が吐き出された。  雅成が恐る恐る液体がついた手を見ると、手も服も真っ赤に染まっている。  口の中はネバネバしているが味はしない。  臭いを嗅いでみると……。 (血……?)  口元を拭うと、べっとりと血がついていた。 「雅成!!」  雅成を抱き上げながら、拓海が叫ぶ。 ーゴポッツー  もう一度吐く。  みるみる拓海の顔が恐怖と不安に歪み、目には涙が溜まる。 「大丈……夫……、大丈……夫……」  不安を和らげるため、雅成は拓海の頬に手を当てようとしたが、手が血で真っ赤に染まっているのに気付き途中でやめた。 「拓海……僕は……大丈……夫……」  拓海に言い聞かせる。 「拓海……」  意識が白くなり始めた。 (ああ、このまま死ぬのかな?)  漠然と思った。  嶺塚に余命を言い渡され、検査結果を知らされていたので、死に対して心づもりはしていたが、直面すると恐ろしい。  でも拓海の腕の中で死ねたら本望だとも思った。  すっと瞳を閉じた。 「死なせない……死なせない……!」  拓海が雅成の体を強く抱きしめる。  雅成を抱き抱えたまま、拓海は寝室に走り、スマホを掴み取る。 「すぐに車を回してください。雅成が血を吐いた」  森本に電話をした。

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