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第63話 さようなら ②

「僕、治療法がない病気で、余命もあと4ヶ月なんだ」 「はぁ? 」  拓海の表情に怒りの中に疑いの色も加わる。 「でもルイの精を体内に取り入れたら延命できる。この意味わかる?」 「わかるもクソも、そんなこと……!!」  雅成の全身を鋭い刃物で切り付けるような目で見ていた拓海が、話の途中で言葉を止めたと思うと、次の瞬間目を見開き息を飲む。  雅成が拓海の異変を感じた時、鼻の下を生暖かいものが流れていくのがわかった。  手の甲でそれを拭うとぬるりとした感触がし、見ると血だった。 「雅成!」 「雅成さん!」 「雅成様!」  3人の男が一斉に雅成に駆け寄ると、雅成は躊躇なくルイの胸に飛び込む。 「ね、僕死ぬの」  鼻から流れ出る血を止めようとせず、雅成はそのまま話し続ける。 「でも僕は死にたくない。だからごめんね拓海。僕はルイとこれからの人生を共に生きるよ」 「そんな……そんな……」  目の前で起きていることに、拓海は理解がついていっていないようだ。 「さよなら拓海。ルイ、行こう」  戸惑うルイの手を引き、部屋から出て行こうとする。 「待って!」  拓海が雅成の腕を掴む。 「待って! もっと詳しく説明して。病気って何? 治療法がないってなに? ルイの精がないと延命できないって何? 余命って何? 一緒にいられないって何? なぁ説明してくれ!」  拓海は眉間に皺を寄せ、顔を顰めた。 「その必要はないよ。だってもう拓海とは一緒にいないから」  雅成はそれだけ言い、またルイの手を引き拓海に背を向ける。 「じゃああれは……あれは嘘だったのか? 大好きだと言ってくれたことも、愛していると言ってくれたことも、嫌いになんてならないって言ってくれたことも……あれは嘘だったのかよ!」  背後から悲痛な叫びが聞こえた。 (違う! 嘘なんかじゃ……嘘なんかじゃない!)  全部、心の底からの言葉。  偽りのない言葉。  今すぐにでも拓海の胸に飛び込み、全て本当のことだと伝えたかった。  でも……。 「そんなこと言ったっけ? 覚えてないし、そんなわけないじゃん」  クスクスと雅成は笑う。 「拓海と一緒にいたのは、その方が僕の都合が良かったから。だって一緒にいたらいい生活できるでしょ? 拓海と一緒にいる意味、他にある?」 「……」  拓海は顔をうなだれさせ動かなくなる。 「今の拓海と一緒にいて、僕には一ミリも利点がない。それもわかるよね」 「……」 「さよなら。もう僕に付き纏わないでね」  再び拓海に背を向け歩き出した時、背後から抱きしめられた。  誰か確認しなくてもわかる。  全て包み込んでくれるこの感触。  お日様みたいな香。  全て覚えている。  最愛の人。  涙が溢れてきそうだった。  だが奥歯を噛み締めて堪えた。 「なに? 離してくれる?」 「雅成が俺のことなんとも思っていなくてもいい。嫌いだっていい。欲しいものがあればなんでも買ってあげる。雅成が何したっていい。だからお願いだ。そばに……そばにいさせてくれ……」  絶対に雅成を離すまいと、抱きしめる腕に力が入る。  雅成が拓海の腕に、そっと手を重ねる。 「拓海……僕を見て」  いつも拓海に語りかけるような穏やかな声で名前を呼ぶ。  拓海はだきしめる力を緩めると、雅成と向かい合う。 「僕、したいことたくさんあるんだ」 「うん。しよう。全部しよう」 「行きたいところもたくさんあるんだ」 「行こう、全部行こう」 「欲しいものもたくさんあるんだ」 「全部買おう」 「僕がしたいことも、行きたいところも、欲しいものも、拓海なら全部叶えてくれると思う」 「ああ、全部、全部叶えてあげる。だから……」 「でもね」  雅成は拓海の声を遮った。 「拓海は僕の一番の願いは叶えられない」 「え?」 「僕、生きたいんだ」 「今すぐ、今すぐ治療法を探す! 絶対、絶対治療法を見つけて見せる! 絶対に雅成を死なせない!」  はぁ〜と雅成は大きなため息をつく。 「あのね、病院の先生も、ここにいる研究員の人達もずっと探してくれているけど、見つかってないの。なのに今病気のことを知った素人の拓海に何ができる? できないよね。僕を助けるって? 笑わせないで。権力も財力も知識も半人前の拓海には何もできない」 「……」 「拓海は僕をどうしたいの?」 「……」  無言のままの拓海の顔を下から覗き込み、畳み掛けるように付け加えた。 「僕を……殺したいの?」 「!!」  ひゅっと拓海が息を吸い込む音がした。 「さよなら拓海」  その場に立ちすくむ拓海に見向きもせず、雅成はルイの手を引き、部屋を出た。

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