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第64話 拉致 ①

 あれから一週間たった。  拓海から何も連絡はなかった。  研究室の一室で一人生活している雅成は、無機質な白黒の世界で生きていた。  それでも笑顔を絶やさないようにしている姿が痛々しい。  二日に一度、雅成の蜜を摂取しているルイの体調は落ち着いてきているが、念の為雅成が使っていた特別病室に妹のリサと共に暮らすこととなった。  無理はできないルイに変わって、雅成と森本が引っ越しの荷造りを手伝いに、ルイと妹が住むアパートに車で向かう。 「雅成様、あまり無理なさらないでくださいね」  車を運転している森本は検査結果の数値で雅成の体調を把握していて、雅成が元気を装っていることぐらいお見通しだった。 「は〜い」  後部座席で片手を上げ返事をする雅成を、森本は心配そうにバックミラー越しに見つめた。  ルイが住むアパート近くになり、道幅が狭くなる。  人気(ひとけ)のない一方通行の道に差し掛かった時、信号待ちをしていた雅成達の車の前を横切る老人がふらつき倒れ起き上がらない。  次第に老人の頭の下から赤い液体が広がる。 「大変だ! 様子をみてきますので、絶対に車から降りないでください」  雅成が頷くと森本は運転席から降りロックかけ、老人に近寄り様子を見ようと顔を近づけた瞬間、どさりと道路に倒れた。 「森本さん!」  車のロックを外し、ドアノブに手をかけた時、 ーガチャリー  外からドアが開けられ、見知らぬ大柄な男が乗り込んでくる。  本能的に逃げないといけないと思うが、腰が抜け動けない。 「女神、お迎えに参りました。王がお待ちです。さ、こちらに」  大柄な男に手を差し伸べられた。  必死に雅成が首を横に振ると、 「残念ながら女神に拒否権はありません。女神が素直に従っていただけない場合は彼が……」  男が森本の方を指差す。  見ると地面に倒れたままの森本の頭に、別の男が銃を突きつけている。 「さ、女神。こちらに……」  再び男が雅成に手を差し出す。  雅成は震える手を、差し出された手に重ねた。

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