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第3話

 血液にのってアルコールが身体を巡るのがわかる。夢見心地の視界の中を右に行ったり左に行ったりと千鳥足といかないまでも、足下が覚束なく真っ直ぐ歩ける気がしない。  この状態で登山でもしたら、真っ逆さまに山底へ落ちていくだろう。  けれど滑落しても「落ちちゃったよ」と笑い転げている自分が容易に浮かんだ。そのくらい目の前の景色に現実味がなく、気分が高揚していた。  隣を歩く橋倉は酔っている様子はない。俺と同じか、それ以上に飲んでいたが酒に強いのかもしれない。足下もしっかりしているし、時折心配そうにこちらに視線を寄越す。  赤ら顔の俺に対し、橋倉は二次会のときから変わっていない。  その余裕さを奪ってやりたい凶暴な感情が騒ぐ。  あれからただ飲み食いをしていただけで、別段話が盛り上がった訳ではない。ぽつりぽつりとぎこちないキャッチボールはあったが、すぐに打ち切られてしまう。  けれど俺たちが歩いているのは繁華街のど真ん中だ。  どういう経緯があって、どんな話をしたのか今は思い出せない。ただ橋倉とホテルに行く、という結果だけがはっきりとしている。  土曜日の夜ということもあって人も多いが、ほとんどは男女のカップルだ。なのに男同士が一緒にいても誰も気に留めない。それを良いことに俺の足はずんずんと先へ進む。  橋倉は迷いながらもビジネスホテルのような外装の建物に入り、あれよあれよと気付ば目の前にキングサイズのベッドが構えていた。  部屋の壁は白で統一され清潔感があるが、天井には鏡があるしテレビの下にはそれ専用のアメニティの自動販売機が備わっている。  テレビを点ければ男と女の生々しい映像が流れているのだろう。 セックスするためだけに作られた内装を前に、橋倉はあからさまな動揺をみせた。  どこを見ていればいいのかわからず、部屋の中をとりあえず見回しているのが傍からでもわかる。家具すら触るのも戸惑われるのか、寸前のところまで手を伸ばし引っ込めるのを繰り返していた。  そんな初々しい反応を、いじらしいと思えた。  「こういう所、来るの初めて?」  「はい」  尚もキョロキョロと見回している橋倉を尻目に、俺はスーツを脱いでバスルームに向かう。  「じゃあ風呂入るから」  返事も待たずに浴室に入り、熱いシャワーを頭から浴びる。  ぐらぐらと脳が揺らされているみたいに世界が歪む。ほどよい高揚感と興奮が身体を駆け巡り、下腹部に熱が集まるのがわかる。  「イける」と実感し、身体を丹念に洗ってから風呂を出た。  橋倉は相変わらず落ち着きがなさそうに部屋を見て回っていた。  早風呂だった俺をみて橋倉は驚いていたが、何も言わずに浴室に消えた。 ベッドにダイブすると、トランポリンみたいに身体が宙に浮く。  その反面、スプリングの音が悲鳴のように響いた。  天井の鏡にバスローブ姿の自分が映る。  今にでも泣き出しそうな顔を見ていられなくて、身体を横に向けた。  このまま流されてしまえば、胸の中に燻る淋しさも消える。  目を閉じ目蓋の裏で、男同士の営みをシュミレーションしたがうまくいかない。  排泄する器官を使うことに抵抗がないと言えば嘘になる。 女のように男を受け入れるために作られていないから、痛みもあり受け入れる側は辛いらしい。  けれど男同士でしか味わえない絶頂があると耳にしたことがあった。  その高みにいけば、この胸の穴も埋まるだろうか。  あれこれ考えても仕方がない。せっかくの機会なのだから楽しまなければ勿体ない。俺はゴミ屑のように雑念を投げ捨てた。  どうして橋倉とホテルに行くことになったのか、理由を考えるなんて瑣末なことだ。  橋倉の俺を見つめてくる熱い視線。同じ男に性の対象として見られた、という驚きはあったが嫌悪はない。男でも女でもすべてを忘れさせてくれるならどちらでもいい。  ただ大事なのは後腐れない関係を築けるかどうかだ。  身体が熱く、アルコールが回っている証拠で喜ばしい。あとは身を任せればいい。いつものように性欲に呑まれれば、何もかも忘れられる。  「いつも誰彼構わず寝るんですか?」  怒気を含んだ声音に顔を向けると、同じようにバスローブを着た橋倉が隣に座った。頬を伝う滴が尖った顎に溜まり、それを指で払う姿が色っぽく映る。  「まさか! 男は初めてだ」  そう言い返すと、橋倉は言葉を失っていた。  橋倉の腕を引っ張りベッドに横たえると、俺はその上に跨がり挑戦的に舌なめずりをした。  「喜べ。俺のバージンンをくれてやる」

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