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第7話

 毎週金曜日、夜八時に新宿駅で待ち合わせをして、橋倉と酒を飲み交わすようになった。  橋倉のしつこさはメールでも変わらずで「仕事いつ終わりますか?」「美味しい和食屋さんを見つけました。仕事帰りに一緒に行きませんか?」と俺が返事をしなくても、一方的に送られてくる。  そのしつこさに根負けした。  今日は美味しいという和食屋に足を運んだ。花の金曜日となれば人も多そうだが、その店は静かで情緒溢れる雰囲気が感じられる。  カウンター席しかなく、殆ど一人で来ている客ばかりで、チェーン店の居酒屋くらいにしか行かなかった俺には落ち着かない。  だがそれも最初だけで、ぐつぐつと鍋が煮える音や常連客と会話をしている店主と女将さんの話に耳を傾けているだけで気持ちが穏やかになる。  隣に座る橋倉はあまり口を開かなかった。あんなにしつこく連絡先を訊いてきて、怒涛の数のメールを送ってきたとは思えないほど大人しくしている。  橋倉の存在を感じながらの食事は嫌な気はしなかった。むしろ空いていたピースが綺麗にはまったように、隣にいることがしっくりくるようになった。  会話は殆どなかったがお互い口数が多いわけではないので、それが自然になる。誰かと食事をして気兼ねない空気間に包まれていると、淋しさもどこかへ消えていく。どうしてだろう。欲に濡れているとき以上に、胸の中の空洞が埋まりつつあった。  「これ美味しいです」  橋倉は金目鯛の煮付けを箸で丁寧にほぐし、俺の取り皿に乗せてくれた。  橋倉の箸の持ち方はきちんとしつけられました、と育ちの良さが表れている。若干握り箸のような俺の持ち方とは全然違っていた。  ちょっとした仕草や習慣で、相手がどういう環境で育ってきたのかわかる。箸の持ち方や年上に対する言葉遣いからみると、橋倉は厳しく育てられたのだろう。少し内気なところもあるが、一度決めたら真っ直ぐに進むところをみると甘やかされた部分はあったのかもしれない。  俺とは真逆の生き方をしている。  「サンキュー」  小骨に気をつけて頬張ると、身は柔らかく一度噛むと身がほぐれ後から出汁のいい味が咥内に広がる。美味しいと一言で評価するのが勿体ないくらいだ。  俺が味を堪能しているのを横目でみながらも、橋倉は「美味しいですよね」と同意を求めてこない。 以心伝心みたいな糸が、俺たちの間に結ばれてきていた。  食事をするようになったが、あの日以来身体は重ねていない。橋倉から誘われることもなかったし、俺から誘うこともなかった。  隣に橋倉を感じながら、あの夜のことを思い出す。  秘めた部分の快楽を知ってしまった。女を抱こうにも、後ろが疼いてしまうのではないかと気にして、女を誘えずにもう何日過ぎただろうか。  もう一度、と頭を過ぎる。  またあの部分を暴かれて猛った熱を押し込まれたら、と浮かびすぐにその夢想を消した。  相手とは一度しか寝ない。そう決めたのは自分自身だ。  去っていく後ろ姿。長い髪を風に揺らし、何度名前を呼んでも一度も振り返ってくれなかった残像が俺の心に居座り続ける。  「具合でも悪いですか?」  横から顔を覗き込まれ、驚いて身を引いた。がたんと椅子が床を擦り、店主も客もこちらに視線を向ける。  すいません、と周りに頭を下げてから橋倉に向き直った。  「少し考え事をしていた」  「そうですか」  黒い染みがじわじわと足の先から迫ってくる。このままではまたあの感情に押し潰されてしまう。誰かに縋りつきたかった。それが一度寝た男だとしても、その熱に溺れてしまいたい。  俺は空になったグラスを置き、熱っぽい視線を橋倉に投げた。  「なあ、久しぶりに抱いてくれよ」  噛みつくようなキスの後、橋倉は俺をベッドに押し倒した。天井に映る俺の顔と橋倉の後頭部。それをみていると、泣き出したいような笑いたいような変な気分になった。  舌を絡め取られ、橋倉の熱が口いっぱいに広がる。少し酒臭いが甘く、どこまでも官能的だった。   俺は夢中になって舌の動きを合わせ、飲みきれなかった唾液が頬を伝っても交わりを深くさせる。  性急に俺のシャツを脱がせると、俺に跨がっていた橋倉も、着ていた服を脱ぎ捨てた。トレーナーごと一気に脱いだ衣服が、ぼとんと大きな音をたてる。  「随分急いでるな」  「だってもう一度、あなたを抱けるとは思わなかったから」  「俺もお前とする気なんてさらさらなかったよ」  どうしてだろう、と考え始める前にキスを強請り何もかも橋倉の熱に溶けていく。  橋倉のキスに意識がどんどんと薄れていく。今誰とキスしているのか、そんなことも瑣末なことに思えてきた。  足下から迫ってきていた黒い染みも、いつの間にか姿を消し、溢れる官能が身体を駆けめぐる。  「や……あっ、ああ!」  「ここ、気持ちいいですか」  「だめ、そこ……擦ったら」  「そんなこと言っても、溢れてますよ」  俺自身を大きな手のひらで包み込み、上下で激しく扱かれる。鈴口から体液が漏れていて、与えられ続ける快楽を拒むことはできない。  橋倉は腰をぎりぎりまで引き、一気に最奥へ屹立を埋めた。  「あっ、あ……んん!」  ぐちょぐちょと水音が部屋に木霊する。その卑猥な音ですら、興奮の火種になってしまう。  視界は白く点滅し始め、限界が近い。それを悟ったのか、橋倉は俺の腰を掴み激しく揺さぶった。  「イ、く……あっ!」  俺が達したのと同時に中に熱いものが注がれた。溢れる精液が股を伝い、ベッドのシーツに染みを作る。  ぼやけた眼前に橋倉のえくぼが窪んでいるのがはっきりと分かった。  何で笑ってるんだよ、と言ってやりたいのに声が詰まって出てこなかった。  欲を吐き出しきった身体は重い。指先一つ動かすのも辛くて、ベッドに全体重を預けた。  繋がったままの下半身を、橋倉はゆっくりと抜いた。その感触ですら感じてしまい、小さく喘ぐと困ったような表情を浮かべる。  「感じすぎですよ」  「だって気持ちいいんだもん。これを感じるなって方が無理だろ」  まだ入っているような違和感があり、腰を揺すると精液が零れた。  中がひくついてるのがわかり、底知れない性欲の強さに我ながら笑えた。  隣に寝ころんだ橋倉から、むっとする雄の匂いが漂ってくる。どちらともつかない精液まみれなのだから、仕方がない。その青臭い匂いも、嫌悪感どころか快楽の証のように感じた。  部屋に備え付けてある時計を見ると、終電まであと三十分程度。  もう一回、と言いたいところだが天秤にかけるまでもなく、家に帰らなければならない。  ベッドから降りようと身動ぎすると、腕を捕まれた。  「……まだ淋しいですか?」  振り返ると裸で寝ころんだままの橋倉がじっとこちらを見つめていた。初めて会ったときのように、俺の奥まで見透かそうとしている瞳とかち合う。  「何のこと?」  「初めて寝た夜、あなたは「淋しい」と何度も言っていました」  蜘蛛の糸のようなものでぐるぐる巻きにされた記憶を辿る。  綾たちの二次会を抜け出して、近くの居酒屋で酒を飲んだ。沈黙が何となく気まずくていつもよりペースが早くて酔いが回り、橋倉とホテル街を並んで歩き、ベッドの上で欲に溺れた。  俺はなぜホテルに行くことになったのか、一切思い出せない。  「覚えていない」  「だいぶ酔っていたみたいだったので、覚えてないのは仕方がないと思います。でも俺ははっきりと覚えてます。あなたは「淋しい。セックスすれば消えてくれるから、誰か俺と寝てくれないか」と繰り返 していました」  知られざる真実に空いた口が塞がらない。いくら酒を飲んでも今までそんなこと口にしたことはなかったのに。  「今夜はどうでしたか?」

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