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第29話 焼き天

 昼過ぎ。  お土産を買い終えた一同の、腹の虫が鳴る。 「お腹すいた……」 「お前さんがその台詞を言ってくれると安心する」 「その節は心配をかけました」  ミナミ除く全員の荷物を引き受けたホクトが、周辺の店の看板に目を向ける。 「何か食べるっす。ねぇ、リーンさん。青真珠は食べ物だと何が有名っすか?」  自然と以前来たことのあるリーンに尋ねる。年上から頼られた少年は一気に得意げになった。 「そうだな。名産は真珠と欠片で食べ物はこれと言って有名なものはないけど、漁村なだけあってやっぱ海鮮が美味かったなぁ。俺は特に「焼き天」が気に入ったぜ」 「やきてん?」 「天ぷらをカリカリに焼いたご飯で挟んだもので、青真珠の定番料理。海を眺めながら食べるとより一層美味いらしいぜ」  らしいというのは、リーンは前回海を見ながら食べられなかったからだ。運悪く驟雨(急な雨)に見舞われたのである。  だが本日は快晴なり。リーンはビシッと以前行った店の方角を指差す。 「と言うわけだ。行くぞ、皆の衆!」  気迫に呑まれたフリーたちはこくこくと頷いた。  小さな飯処に行列ができていた。他にも飯屋はあるが、パフォーマンスのためか店の外で揚げた天ぷらをご飯に挟んでいるのだ。醤油が塗られたご飯の焦げる香りが、腹をすかした観光客たちに暴力的なまでに襲い掛かってくる。これに抗うのは並の精神力では出来まい。  リーンたちも吸い込まれるように行列に並ぶ。 「何種類もあるんすねぇ」 「全種類買って、帰りのメンダコ船の中で食べるってのもいいですけどね」 『しゅわっち!』  回復した様子の風流風船(ふうせん)が懐から飛び出し、メンダコ呼ばわりしたミナミの頭をぺちぺちと叩く。ミナミは邪魔くさそうにそれを鷲掴むと、黙ってリーンの着物内に押し込んだ。  ホクトは気遣うようにニケに目を向ける。 「えっと……。どうします? まだ昼前ですし、もうちょい長居できるっすよ?」  帰りたくない発言を覚えられていたニケは赤くなった顔を背ける。 「いえ。早く帰ってフリーを休ませてやらんといけないですから。これを買ったら帰りましょう」  全員がなんとなしにフリーに視線を向ける。そのタイミングでぱっと笑顔に切り替えているが、疲れたような笑みだ。  これは休ませた方が良い。リーンは頷く。 「そうだな」  その時、声が聞こえた気がした。 「――っ」  頭の後ろで手を組み、声が聞こえた路地の隙間に目を向ける。やせ細った子どもや赤子を抱えた女性がちらほらとうずくまっている。どこの街でも見られるありふれた光景である。怒鳴っているのはそんなヒトたちが観光客の目に入らないようにしている役人だろうか。箒で物乞いなどを追い払っていた。  昔の自分と重なり、リーンは黙って目を瞑る。 「焼き魚も売っているんですね。美味しそう。先輩はどれにします? ……どれにする?」  目を開けると、自分たちの番になっていた。リーンは迷わず海老を選んだ。 「これ! この木槿(むくげ)海老の姿焼きが美味いんだよ。皮ごとばりばりいけるぜ」 「皮じゃなくて殻ですよ」  ホクトが「細かいな」とつっこんでいるが、海の民的に聞き流せない間違いだったようだ。  海老ってどんな魚だろうと想像しつつ、フリーは笑顔で頷く。 「じゃあ俺もそれにしよっと」 「僕も」 「では会計はあっしが」  ずいっと前に出かけたホクトをフリーとニケが「だからもおおっ」と抑えている間に、リーンが焦って支払いを済ませた。  支払いを拒まれしなびたホクトをミナミが引きずって歩く。全員の荷物を持っている狼が重い。フリーが手伝おうと申し出てくれたがしっしっと追い払った。だからあんたは療養中ですよね。  いつもは見上げている狼耳を見下ろし、ミナミががなる。 「お前は何っ? 誰かに奢らないと家燃やすとでも脅迫されてんです? 俺に奢れよ」 「だってー……いつも末っ子に「財布兄ちゃん早くお金払ってー」って甘えられるんだもん。あっしが会計しないと落ち着かないんっす」 「それ、甘えられているのか? 舐められているだけとちゃうか?」  人気のない、船を置いた場所まで戻ってくる。広場で着陸しなかったのは、風流風船(ふうせん)は一応妖怪なので怖がる人が一定数いる、かもしれないからである。  ニケはよいせっとフリーの着物に潜り込む。やっと追いついたミナミは汗だくだった。 「こいつ海に捨てていいかな? いいよね!」  ぜぃはぁと肩で息をしている。 「なんでお互いを海に捨てたがっているんですか。もう帰るんですから、諦めてください」  それでも万が一、海に捨てに行かないようミナミの着物を握りつつ、懐から風流風船を取り出す。  行き同様、ぷくーっと気持ちよく膨らんでいく風流風船にニケは安堵する。妖怪や精霊は気まぐれな方が多いと聞く。やっぱやだ~と心変わりされ、帰る手段がなくならないかと若干不安だったのだ。  ……まあ、その場合はメンダコに雷が落ちるのだろうが。  風流風船の足に括り付けておいた縄がピンと張り、船がずごっと浮き上がる。  フリーは焦って船の縁にしがみついた。 「ちょっと待ってえ! 乗り込んでから膨らませぐぐぐっ!」  リーンはのんきにフリーの尻を押して支えてやる。 「すまんすまん。お前が身体能力低いの、忘れがちだわ」 「そんなー! ぐぬぬっ」  見かねたミナミが先に乗り込み、船の中から白い腕を掴んで引っ張り上げてやる。 「すいません。ミナミさん」 「また惚れないでくださいよ! せーのっ」  マッグロ一本釣りのようにフリーを釣り上げることに成功したが、 「ぬげ!」 「ぐえっ」 「きゅんっ」  またよく分からないところで足を引っかけてしまい、倒れ込んだ。着物の中にいたニケごとミナミを下敷きにしてしまう。  ニケの悲鳴が可愛かった。急いで起き上がり、ニケの安否を確認する。 「ニケ、大丈夫? ごめんよ」 「別にお前さんの体重に乗っかられても、苦しくもなんともない」  至極真面目な顔でそれだけ言うと、着物をカーテンのようにシャッと閉めた。それ以来うんともすんとも言わない。多分、紅葉街に着くまでこのままだろう。 「……ヒトに馬乗りになっておいてまずニケさんの心配をするとは、良い性格していますねぇ?」  下から恨めしい声が聞こえた。目線を落とすと、上に乗っかっているフリーをミナミが邪魔くさそうに見上げ、ばしばしと太ももを叩いてくる。 「おっとっと。すみません」  ぱっと避けると、よろよろとミナミは起き上がる。その頃には全員船に乗り込んでいた。  ずれてきた羽織を被りなおし、船に固定されている木の長椅子に腰掛ける。  高い所が苦手なフリーはリーンの隣に陣取ると、華奢な腕にぎゅっとしがみつく。 「……」  正直、「暑いから、離れてくれ」と言いたいのだが、かわいそうなので黙っておいてやる。行きの時、それを言うと泣きそうな顔を見せたしな。 「じゃ、ここいらで昼飯にするっす」  しなびたホクトからホクトに戻った彼が、空いている長椅子の上で風呂敷を解く。購入した焼き天はほかほかと美味しそうな湯気を上げ、ぐぅと全員腹の音が鳴った。 「お先にどうぞっす」  ホクトは先に選ぶ権利を子どもたちに譲る。

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