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第50話 三人仲良く……なれない

「え? だ、駄目なんじゃないの?」  良いならさっきなんで怒鳴られたのだろう。訳が分からずニケの顔を覗き込もうとするも、顔を背けられる。 「そ、それはっ。お前さんが軽い気持ちでしようとしていたから! ……っ、僕に口づけするときは、ちゃんと想いと魂を込めてやるんだ」 「ふ、ふえ?」 「んぐっぐっぐ……」  思わずぽかんとなるフリーと、それにしがみついて懸命に笑いを堪えているイヤレス。  ドロップキックで吹き飛んだ際に置いてきた傘をついでに持ってきた少年が、滲んだ涙を拭う。 「犬の君……。面倒くさすぎでしょ。はー、笑ったわ。ツンツンしていると思いきや、重たい女みたいなこと要求してくんじゃん」  うるさそうにじろっと少年を睨むが、ニケはすぐフリーに向き直る。 「返事は?」 「えっと。唇くっつけても良いってこと?」 「長いから口づけといえ。まあ、そうだな」 「全身舐め回してにおいを嗅ぐのも良いってこと?」 「うん……は?」  頷きかけ、ばっと顔を上げる。  冷や汗を浮かべ、まじまじとフリーの顔を見つめる。 「そんなこと言ってないが?」 「ちっ。駄目か。流れで「いいよ」って言ってくれるかと思ったけど」  似合わない悪戯っ子めいた表情を浮かべるフリーにニケはやれやれと笑い、そして……  ズモンッ。  ニケ的には「前にならえ」程度の力で拳を出したが、見事にフリーの顔にめり込んだ。 「僕は真面目に話しているんだが?」 「俺も……大真面目です……」  ばたっとフリーが横倒しで地に伏せる。この程度の威力で倒れるとは、強化していない時は本当にか弱い奴だ。 「フロリア! え? 死んじゃった?」  イヤレスが白い頭を抱え膝に乗せる。その表情は心配して焦っているようにも笑っているようにも見えた。  膝枕されたフリーは二重の意味で幸せそうな顔のまま目を覚まさない。イヤレスは怪訝な表情を浮かべる。 「なんで笑ってんの、この子……?」 「変態だからだろう? それよりお前さん。本当はここに何しに来たんだ」  腕を組んで仁王立ちになっている幼子を見上げ、首を傾げる。ちりっと飾りが揺れる音がした。 「? だからフロリアに会いに来たんだって言ったろ?」 「未来が分かるなんて与太話。信じると思っているのか?」  イヤレスは頭痛そうにこめかみに指を当てる。 「あーはいはい。そう言うヒト多いんだよ。別に信じてほしいとは思わないけどね」  面倒くさいしと小声で付け足し、イヤレスも尋ねる。 「そういう君たちこそ、こんなところで何をしているの?」  ニケは頭を掻きながらため息をつく。 「別に。好き好んでこんな場所に来たわけじゃない。……フリーのやつがこの村の住人の墓参りをしたいとか言い出して」  一瞬硬直したイヤレスだが、ばっと勢いよくフリーの寝顔に目を向ける。 「……? え? えっと、この子、た、確かここで軟禁生活を送っていたよね……?」  声が震えるイヤレスの動揺が伝わってくる。ニケも呆れたように首を振る。 「その辺は詳しくは知らんが、まあそうなんだろうよ?」 「い、いやいやいや。おかしい……おかしいよ。僕、フロリアが傷だらけでやせ細って、虚ろな目をしているのを見たよ? 実際に。そんな相手の墓参り、する?」  お礼参りならよろこんで。  愕然としている少年に冷めた瞳を返す。 「お前さんの未来予知で見えなかったのか? その辺は」 「僕の未来予知はすごく狭い範囲しか観えないから。分かっていたのは「今日ここにフロリアが来る」ってことだけ」  呆然としていたイヤレスだったが、やがて口角を上げた。小悪魔風ではなく、生意気な少年のような笑みを。 「それがまさか墓参りとはね……。いやはや。予想を超えてくるよ、フロリアは。それでこそ、僕のハーレムの一員に相応しい」  よっこいしょと、意識のないフリーを抱えて持って行こうとする彼に、膝カックンを見舞った。 「おあっ?」  今度はイヤレスが尻餅をつく番だった。お尻を摩りながら、きっと振り返る。 「痛いじゃないか。フロリアを抱えている時になんてことを! この子が頭ぶつけでもしたらどうする? 君はフロリアが大事じゃないのか?」  ニケはフリーをひったくる。 「フロリアフロリアうっさいわ! こやつが頭ぶつけて変態から真人間に変わるなら大歓迎だ! あと、なにしれっと持って帰ろうとしているねん。これは僕のだ」  イヤレスはぐぬぬっと顔を歪め、フリーの足にしがみつく。 「僕の方が先に目をつけていたんだぞ? 僕に譲るべきだ!」  ぐいっとフリーの足を引っ張り寄せる。よろけそうになったニケだが、持ち前の怪力でフリーの胴体を引き戻す。 「だからなんだ。ぽっと出の蚊の親戚が! 僕が僕の物と言ったら僕の物なんだよ」  力では負けているのでイヤレスはあっけなく引きずられ、情けなく羽をぱたぱたと動かす。それでも掴んだ足は離放さない。 「だ、誰が蚊の親戚だ! 竜(暴君)か君はっ。そんな横暴、許されてなるものか」 「いいから。は・な・せえええええっ」 「……」  途中から起きていたフリーだったが、状況がイマイチ呑み込めなかったので、ひとまず寝ているふりをしておく。……ふりをしておく予定だったがニケがイヤレスを引きずり始めた。自分より大きいふたりを余裕で抱えて祠内をぐるぐると歩き出す。同じく引きずられているフリーの尻が摩擦で燃えそうになったので、慌てて飛び起きる。 「ケツが熱い!」 「あ、起きた」  冷めた反応のニケとは違い、イヤレスは情熱的に抱きついてくる。 「無事でよかったよ! 僕のフロリア。この黒ワンコが僕をいじめるんだ。女神像の前で引きずりの刑にされたんだよ。ああ、僕ってかわいそう……」  しくしくと泣き出すも、涙は一滴も零れていない。今度は誰が見ても嘘泣きだと分かるクオリティだったが、フリーはおろおろと手をバタつかせる。  これにはニケも唖然となった。 (嘘だろ。お前さん……。どんだけ騙されやすいんだよ。この壺買ったら毎日ほっぺに触れますよとか言われたらホイホイ壺買いそうだな)  そんな売り文句で壺を売ろうとする詐欺師などまずいないだろうからそれは良いとして、フリーの騙されやすさには呆れるしかない。 (いや、違うか。このイヤレスとかいう奴だから、特に気にかけているだけか)  フリーにとっての特別。  その文字が心に浮かぶと、どうしようもなく腹が立った。フリーの正面に回り込み、頬を膨らませようとする。  「拗ねてます」アピールすると、フリーはすぐに気づいてくれるはずだ。  だが金緑の目は、正面に来た時点でニケを捉えた。さきほどまでイヤレスに夢中だったのに。まるで眼球が勝手にニケを追尾するようになっているかのような不自然な動きに、一歩引いた。 「ニケ? なんで一歩下がるの? 俺の視界に入ろうとしてくれたんだよね? 嬉しいよ。もっと近くにおいでよ~」  笑顔で手招きするも目がまったく笑っておらず、ニケは更に遠ざかる。 「お前さん。たまに本気で怖いな。夜中に今のムーブをやったら手加減なしでどつくからな」 「え! なになに? 何の話っ?」  訳が分からないといった風情のフリーに、イヤレスが頬を膨らませた。 「ちょっと。泣いてる僕を無視するなんてどういう事? というかフロリア。このワンコに聞いたけど、墓参りに来たって本当なのかい?」  頬を膨らませた子というのは、どうしてこんなに愛らしいのだろうか。フリーは小さな身体を抱きしめる。 「あああん。可愛いいいい」 「あれ? 聞いてる? フフッ。でも、フロリアの方から僕に抱きついてくれるなんて、嬉しいじゃないか」  頬を染めたイヤレスがニケに見せつけるように胸板に頬ずりする。しかし怒れるニケはとうに飛び上がっていた。 「この浮気者がああっ」 「ほがあっ」  顔面を蹴られ、首だけ大きくのけ反ったフリーはそのまま女神像の横を通り過ぎる。  口を開けたまま固まるイヤレスを置き去りにし、ニケはフリーの胸にどすんと尻から着地する。そのまま胸ぐらを掴み上げた。 「おい。今日をお前さんの命日にしてやってもいいんだぞ? なんか僕に言うことあるだろ?」 「ニケに蹴られた……。幸せ」 「蹴られたのに? 幸せなの?」  鼻血を流しながらうっとりした表情のフリー。後ろでイヤレスが何か喚いていたがニケは気にしなかった。  神聖な祠内でここまで騒ぐ者は初めてなのだろう。女神像は勝手にやってくれという表情だった。

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