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第51話 大きな耳

 外は寒く、フリー一人では墓を建てる腕力も体力もないので、墓は諦めて持ってきた仏花を女神像の前に添える。この、名前も知らない雪崩村の住人の冥福を祈り、手を合わせる。 「……」  ニケは祠内にある葛籠(つづら)を椅子代わりにしてぼてっと寝そべり、退屈そうに足をばたつかせている。その横で、イヤレスは葛籠内にあった非常食を勝手に齧っていた。 「ようやるわ」 「まあ、いいんじゃない? むぐむぐ……。僕にも理解不能だけど。あれでフロリアの気が済むなら」 「お前さん。血と悪夢以外も食べるんか?」  夢蝙蝠(ゆめこうもり)族の主食は血液と悪夢。なので、よく布団獏(ふとんばく)族とご飯(悪夢)の取り合いをしている。  イヤレスは口の周りについた非常食のかすを舐め取る。 「栄養にはならないけどね。嗜好品ってやつ?」  目を合わさず会話するふたりに死者を悼む気持ちなど無かったが、フリーの好きにさせてやった。女神像の前で跪き、一心不乱に祈るフリーというのは後ろから見ていて悪いものではなかったからだ。  光に照らされる女神像に、鮮やかな仏花。目を閉じる彼の白髪が薄暗い祠内で朝日を受けた雪のように煌めき、少年たちは絵画でも眺めている心地だった。絵師がいれば思わず紙に描いただろう。そしてその絵をニケとイヤレスが取り合いしている。  脳内で喧嘩をしていると、静かにフリーが瞼を開いた。 「気は済んだか?」  起き上がりもせずニケが声をかけると、フリーは大はしゃぎで二人の元まで戻ってくる。 「うわあああ。ニケが寝そべってる! 可愛いよおお」  もう何をしていても可愛いと言いそうだ。  両脇の下に手を入れて抱き上げ、お子様特有のふくふくほっぺにすりすりすり。 「あああああ! 好き好き好きっ。もっちもちしてるっ」  さっきまでの神聖な空気がどこにもない。  ――こやつ動き出すと一気に台無しになるな。  だが、そんなフリーが嫌いではない。むしろ好…… 「うるせえなあ」  といいつつ押しのけたりしないので、フリーは調子に乗ってニケの腹に顔を埋める。 「至福」 「よかったな」  遠い目をしているニケ。イヤレスが白い着物をくいくいと引っ張る。 「はい?」 「ちょっとフロリア。なんで僕には引っ付いてこないの? 僕とこのちんちくりん黒饅頭ワンコ、なにがそんなに違うっての?」 「おう、ぶっ飛ばすぞ」  ニケの声がいつもより低くなるも、イヤレスはフリーしか見ていない。  フリーは照れたように笑う。 「えへへ。やっぱもちもちともふもふを備えているって最強ですわぁ。しかも良いにおいもするし、仕事がない日は一日中引っ付いていたくなるんだぁ」  すんすんと、ニケは自分の体臭を嗅ぐ。青真珠村でもフリーは言っていたが、自分はそんな良いにおいを漂わせているのだろうか。  イヤレスはぶすっと目を据わらせる。 「もしかして……モフモフしたものが好きなの?」 「うん」  返事をしながら、フリーはニケのお尻にある尻尾を堪能する。優しく手のひらでちょいちょいと触り、息遣いも荒く涎を垂らす。  どこから見ても危ない人物だが、ニケの耳は嬉しそうにぴくぴくと動いた。 「ふーん。そっかそっかぁ。そうなんだぁ~」  そう言うとイヤレスは顎で結んでいたリボンをしゅるりと解く。頭につけていた飾り、ひらひらで溢れたヘッドドレスがぽとりと落ち、圧迫されていた耳が跳ねるように立ち上がった。 「え?」  フリーが呆然とした声を漏らす。  黒髪から生える大きい耳。ピンと上に伸び、背面は集まった埃のような毛で覆われている。  夢蝙蝠族の耳。  大きすぎて傘をさす時に干渉してしまうため、ヘッドドレスで封印しているのだ。  双子巫女に匹敵する大きな耳に、振り向いたニケがあんぐりと口を開ける。二人の反応を見てイヤレスは勝利を確信したようにほくそ笑む。 「ふっふ~ん。実は僕ももふもふを装備していたり~?」  ずいっと顔をフリーに近づける。間近に迫った大きな耳。赤犬族や丹狼(たんろう)族とはまた違う毛並み。ふわふわしているのか、ふこふこしているのか、大いに気になるところだ‼  呼吸を忘れたような顔で小刻みに震え出すフリーを見て、ニケの心に危機感が芽吹いた。  今まで余裕ぶれていたのは、イヤレスにもふもふ要素がなかったのが大きい。  人懐っこい性格に、声変わり前の心地よい声。フリーにとっての特別な相手。そんな者にもふもふが加わってしまった。 (や、やばいっ。僕、勝ち目薄くなってないか?)  取り乱しかけたがハッと我に返り、ふるふると髪を振る。 (弱気になるな! フリーが好きなのは僕なんだ。一番は揺らがない……っ)  とはいえ、不安になってしまうものだ。急いでフリーの顔を見上げるも、  彼はニケを見ていなかった。

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