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 なので今までも様々なアプローチを受けてきた。健全で真摯なものから、ヤバめなものまで。けれど直接、「俺の神様」と讃えられたのは初めてだった。  響は背筋を伸ばし、沸き上がる多くの感情を笑顔に押し込めた。 「……本当にありがとうございました。後日、改めてお礼をさせてください。差し支えなければ、名刺かなにか、ご連絡先を――」 「絶対、また会えると思ってた」  響のビジネス対応を遮り、あくまでもうっとりと男が見上げてくる。 「……ええと……以前、どこかでお会いしたことが?」 「うん。……神様……昔より、もっと綺麗」  嬉しそうに笑う男に、天を仰ぎたくなる。話が通じないというか、理解出来ない。  ピンチから救ってくれたのは、スーパーマンではなく狂信者(ファナティスト)か? 「……おそらく、人違いかと。俺は神になったことはないし、バルドルっていうのも、よく分からないので」 『彼は恩人だ』という思いが、響の口元に|辛《かろ》うじて笑みを留めさせる。 「美と光の神様だよ」 「……なに?」 「バルドルは、光輝く者って意味がある」  長い前髪の隙間から、わずかに覗く目が響をじっと見つめる。 「……俺の神様を、間違うわけない」  男が手を伸ばし、響の頬に触れた。  その指先は硬く、落葉のように乾いている。荒れた感触がちくりと肌を刺した。  響は戸惑う。  彼から伝わる体温が、香りが、もしかしたら指のひび割れさえもが、無条件に響を癒している。  ……どうしてこんな、まるで過不足なく満たされたような気持ちになる?  自分さえ気付いていなかった隙間が埋まるような――ずっと探していたものが見つかったような。 「響!」  耳に飛び込んできた声が、心の深淵を漂い始めた思考を断ち切った。  顔を上げると、響の友人である高岡 英司(たかおか えいじ)が、息を切らして駆け寄る姿があった。  トムフォードのスーツにはシワが寄り、乱れた毛束が額に垂れ下がっている。彼のルッキズム至上主義に反する出で立ちだ。 「響から離れろ」  さらに彼らしくない感情をあらわにした強い声。  英司は響の頰に置かれた男の手を掴み、乱暴に払い落とした。 「……誰?」  男が低く呟き、英司を見据える。 「お前こそ誰だよ。響に何した?」  英司が響を立ち上がらせ、自分の背中に隠すようにすると、男の雰囲気が更に刺々しくなった。  響のカラーが発信した緊急連絡(S・O・S)を受け、同時に送られたGPS情報から、英司はこの場所に辿り着いたはずだ。  響の危険の要因が、この男だと考えていて当然だった。 「待って英司。この人は俺を助けてくれたんだよ」 「助けた?こいつ、アルファだろ?」  英司の言葉に、響は初めてそのことに思い当たる。  ――そうか。こいつはアルファだ。  CGを必要としないアクション映画並みの身体能力や、心地良い香りに混じるフェロモンからも、彼がアルファであることは間違いない。ベータの英司にも分かるほどのオーラなのだから、疑う余地もないだろう。  オメガの全てを意のままに、無遠慮に支配できるアルファ。  響がオメガに変化した瞬間から、最も警戒してきた存在なのに。  それを、たった今、今頃になって意識するなんて。 「……そう、きっと……彼はアルファだろうけど……でも、彼が助けてくれた」  うまく言葉が探せない響に、英司が息を吐き、肩をすくめた。 「……わかった。とりあえず、場所を移そう」  響よりも早く、英司は冷静さを取り戻したようだった。  英司が目線を送った先には、この騒動をいち早く電波に乗せようと張り切るマスコミ達の姿がある。  響はマスクを付け直し頷いた。

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