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「今日はこのニュース以外を見たくなったら、Netflixに繋ぐしかないな」
英司がザッピングを終わらせ、リモコンをデスクに戻した。
テレビ画面には、一時間ほど前まで響たちが居た地下鉄駅周辺の映像と、『地下鉄で集団オメガヒート発生!怪我人とラットのアルファ三十名以上が救急搬送』というテロップが流れている。
現場から離れ、響を助けてくれた男と共に移動してきたのは、響たちの事務所だった。
響と英司が共同経営者として運営する『UniteWave 』は、マーケティング事業を主力とした会社で、バース性関連のイベントプランニングや商品開発なども手掛けている。
都心のオフィスビルに入る事務所は、デスクルームや応接室、コーヒーメーカーやミニバーを備えたカフェスペース、さらには簡易シャワーや専用の駐車場も完備されており、広さも利便性も、陽当たりだって申し分ない。
起業三年目と若い会社ではあるが、このオフィスの家賃を支払えるほどには、業績も好調だ。
「君、あの混乱からよく生還できたな。無傷で、人助けまでして」
応接室のソファに座る男に、英司が話しかけた。けれど男は心ここにあらずといった様子で、適当に頷く。
彼は今、油淋鶏を食べること以外には、意識をわずかにも向けられないようだった。
すでに酢豚と八宝菜を平らげた後なのに。
「足りなければまだあるから。もう少し、ゆっくり食べようか」
烏龍茶を差し出し言うと、男は頰を膨らませながら嬉しそうに響を見る。
英司の愛車で会社に到着してまず、男の腹が盛大に空腹を訴えたので、広東料理をデリバリー注文した。それを待つ間、改めて男に礼を言い、互いに自己紹介をした。
男の名前は、灰藤 壱弥 。二十一歳。
幼い頃親に捨てられた。数年間ホームレスと一緒に生活していた。学校はほとんど行っておらず、最終学歴は中卒。現在は仕事と家がないから、その両方を探しているところ。
次々と飛び出す壱弥の経歴は、なかなかに壮絶だったが、彼はまるで物語のあらすじを話すみたいに、淡々と自分の過去と今を語った。
「ごちそうさまでした」
油淋鶏と、その後さらにいくつかの点心も食べ終え、壱弥が行儀よく手を合わせた。
「飯、すげぇ美味しかった。特にあの……中に熱いスープみたいのが入ってて……丸いやつ」
「小籠包?」
「……しょう、ろんぽう?」
「小さい肉まんみたいなやつ?」
「そう!それ。しょうろんぽう。うまかった」
「それは良かった」
響はお茶を注ぎ足しながら言う。
四人前の中華がおさまっている腹を満足そうにさする壱弥に、「さてと」と英司が切り出した。
「ちょっと確認したいことがある。間違ってたら悪いんだけど」
響は英司を見る。
英司がこんなふうに話し出す時は、絶対に間違っていないと確信している時だ。
「壱弥くんはもしかして、F ・アルファ?」
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