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「それじゃあ、簡潔にまとめるよ。彼の採用理由は、響が一条グループの御曹司様であり、オメガであり、長期コンペが始まっているからだ。そして、壱弥くんが素晴らしい身体能力を持ち、オメガのフェロモンに影響されないF・アルファだから。もちろん、身辺調査はさせてもらうけどね」
歯切れよく説明する英司に、響はコーヒーを飲みながら考える。
「……彼の為に新しい部署が必要になるな?セキュリティ課?」
「民間の身辺警護 を雇うよりいいと思うけど。俺がクズなアルファだったら、バース性を偽ってどうにか潜り込んで、お前の首を噛むことに全力を注ぐね」
「つくづくお前がベータで良かったよ」
英司に呆れる一方で、実際、似たようなことを考えるアルファは決して少なくないだろうと思った。
バース性の特徴の一つに、オメガとアルファの|番《つがい》といわれるシステムがある。ヒートを起こしたオメガの首後ろを、オメガのフェロモンに当てられ発情したアルファが噛むことで、番関係が成立する。
番は、簡単にいえばパートナー契約だ。
強力で、理不尽で、響にいわせればクソみたいなシステム。
番契約が結ばれると、オメガはそのアルファ以外にはフェロモンを発しなくなる代わりに、他のアルファとセックスが出来ない身体になる。番以外には激しい嫌悪感や拒否反応が表れ、心身ともに大きな負荷がかかってしまう。
番の解消はほぼ不可能とされていて、ヒート時に他で発散できないオメガは、番のアルファに頼って生きるしかなくなる。
響は、国内トップクラスの巨大企業である『一条グループ』現社長の長男だ。響がオメガに変化したことで、次期後継者はアルファである弟の雅季 となったけれど、勘当された身でもない。
響と番になる価値は十二分にある。無理矢理にでも首を噛んでしまえば、数兆円以上の時価総額を誇る一条グループの仲間入りが出来るのだから。自ら明言していないものの、響が一条グループの人間であることは、業界内外で知っている人間も多いはずだ。
「せめて、今のカラーコンペが終わるまでは、ボディーガードは必要だろ。実際、お前は今日事件に巻き込まれて、壱弥くんに助けられてる」
英司の言うことは、確かに一理あった。
カラーは、同意のない番行為を防止するための、いわばオメガ用の護身アイテムだ。オメガの項 を守るチョーカータイプが一般的で、実務的なものからファッション性に優れたものなど、多様なデザインや機能が揃う。
現在参加しているのはそのカラーの商品化をかけたコンペなので、オメガである響自身が広告塔になる予定だ。
誰よりも自社の商品を理解しているし、モデルよりモデルのような見た目であるし――事実なのだから仕方ない――費用対効果を考えても、自分がモデル兼プレゼンターを務めるのが効率的だと思っている。
そうなると、他企業へ出向いたり、マスコミの前に出る機会も増え、トラブルの起こるリスクは必然と高くなる。
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