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 壱弥がボディーガードとして、十分な身体能力を持っていることは、今日の地下鉄事件で証明された。  アルファ相手に一番危惧しなければならない番問題も、発情しないF・アルファならクリア出来る。番関係の確立には、アルファも発情し、ヒート中のオメガの首を噛む必要があるからだ。 「高い身体能力と、なんでかは知らないけど忠誠心を兼ね備えたF・アルファ。お前のボディーガードに適任だろ」  ダメ押しのような英司の言葉に小さく唸る。 「神様、俺、なんでもします。身体だけは丈夫だし……あの、頭は、良くないんだけど……でも危ないことだって全然平気だし、ほんとに、なんでもする。給料もいらないし、だから――」  必死に訴える壱弥を、響は片手を上げて制した。 「……分かった。ボディーガードとして、君を採用するよ。今の段階じゃ経歴も身元も詳しく分からないから、仮採用って形になるけど」  響の仮採用通知を受け、さっきのデリバリーの中華料理を見た時の百倍は嬉しそうに、壱弥の顔が輝く。 「当たり前だけど、仮だろうが普通に給料も支払う。お金を払う価値があると思って、壱弥君を雇うんだから。タダ働きでいいなんて、自分の才能を安売りする必要ないよ」  壱弥がポカンと不思議そうな顔になる。 「……才能?……野生(フィアラル)が?」 「立派な才能でしょ。俺をスーパーマンみたいに助けてくれたこと忘れた?」  壱弥の眉がじわじわと下がり、唇を噛んで泣くのを我慢しているような表情になる。  まるで、迷子が親を見つけた時のような顔で見つめられ、響は思わずふっと微笑んだ。 「まぁ、これもなにかの縁だね。よろしくな」  手を差し出すと、壱弥の大きくて硬い手がそれを取る。  交わした握手からは、やっぱり心地の良い温かさを感じた。    カシャカシャと心地好いシザーの音に合わせて、黒髪が床に落ちる。  カットチェアに座り、クロスを巻かれた壱弥がもぞもぞと身体を動かす。 「こら。動くなって何回言わせる」 「さっき食べたやつ、もうひとつ欲しい」 「……響。お前のボディーガードは小学生なの?」  クロスから手を出しマカロンを指さす壱弥に、高岡 美琴(たかおか みこと)はカットの手を止め、責めるように響を見た。  響はその視線から逃げるように立ち上がり、カラフルな菓子が並ぶ箱を取る。 「壱弥、なんの味がいい?」  チョコレート、ピスタチオ、イチゴ、ラズベリー……いくつかのフレーバーを聞かせると、「チョコ!」と元気な声が返ってくる。 「訂正。お前のボディーガードは幼稚園児なの?」  鼻から息を漏らして言う美琴に「遠からず」と答えて、響はガナッシュショコラのマカロンを壱弥に渡した。  青山の一等地にあるヘアサロンの二階。  十数席ある通常店舗の一階に対し、二階部分はプライベートサロンになっている為、この部屋にはヘアカットされている壱弥と、それが終わるのを待つ響、そしてこの店のオーナースタイリストである美琴しかいない。

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