12 / 63

11

 腰辺りまである艶やかな黒髪を一つにまとめ、本革のシザーケースを巻く彼女は、響の古くからの友人で、英司の姉でもある。  壱弥を仮採用した日から、二週間が経っていた。  専門業者に依頼して、彼の簡単な身辺調査をしてもらったけれど、十歳から十五歳までを児童養護施設で過ごしていたという記録以外、多くの期間が空白(不明・経歴辿れず)という結果だった。  今現在において、壱弥がヤクザやマフィといった反社会的勢力に属していなければ特に問題はないと思っていたので、――それについては否定できる調査結果だった――壱弥は三人目の社員として、今日までの二週間を過ごしている。  この二週間で彼と響に起きた変化といえば、まず壱弥は、仕事と住居と名刺を手に入れ、今日は人生初となるマカロンの味を知り、同じく人生初のヘアサロン体験をしている。  そして響は、彼を採用し、オフィスの一室を彼の生活部屋として提供し、さらにマカロンを餌付けしている。  壱弥は前職(調査結果によると、肉体労働系のバイトとのこと)を辞めたばかりで、仕事と共に住居も探していた。  確かに響達のオフィスは、スタッフが三人になっても十分なスペースがある。けれど、その内の一人が生活するとなると状況が変わってくる。  響はそう苦言を呈したのだけれど、英司の「デスクを応接スペースに移動すれば一部屋空くだろ」の一言で、数日前からカッシーナのデスクは壱弥のベッドに置き変わっている。  響の悪友は、壱弥と、それに関わる響もセットで、この二週間を存分に楽しんでいるようだ。 「それで、明日がイチのボディーガード初仕事?」  美琴と壱弥は今日が初対面だが、すでに力関係が成立しており、美琴は当たり前のように「イチ」呼びだ。 「そう。他社との打ち合わせに、壱弥も連れて行く予定」 「イチは車の免許持ってないよな?響もないし。移動手段はどうするの?」 「俺免許あるよ。昔とった」  免許を持っていないと決めつけている美琴に、壱弥が訂正を入れる。マカロンの箱をチラチラと気にしながら。 「……子供の交通安全合格証とか、遊園地のゴーカート乗り場で貰えるようなのは、免許証とは言わないぞ」 「実物見せてもらったけど、ちゃんと公安委員会から交付されたやつだったよ」  眉を潜める美琴に、響は笑う。  壱弥が自動車免許を取得していたことには、響も驚いたけれど。英司は真顔で「正規のルートで取ったのか?」と壱弥に尋ねていた。 「イチ、ちゃんと正規のルートで取ったんだろうな」  さすが姉弟だ。 「うん。ちゃんと勉強して、テスト合格した」  答える壱弥の前に、響はマカロンを箱ごと置いてやる。

ともだちにシェアしよう!