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 響の高祖父が創業者である一条グループは、航空機、重電、船舶、エネルギーなど幅広い分野の製造業をメイン事業とする先導企業(リーディングカンパニー)だ。  代々血縁者が代表となる同族会社でありながら、代替わりする度飛躍し、今では国内最大手の企業として確固たる地位を築いている。  現社長を父に持つ響も、産まれた瞬間から後継者として育てられた。学校の勉強はもちろん、政治や経済、帝王学、社交界のルールやテーブルマナーまで、徹底的に叩き込まれた。  家や学校、周りのほとんどがアルファである環境では、全てにおいて完璧以上の結果を出すことが当たり前だった。  けれどそれを、プレッシャーだと感じたことはなかった。  響は父を尊敬していた。経営者としても、父親としても。  期待に応え、いつか父のようになりたいと思っていたし、自分ならそうなれるという自信もあった。  ――十四歳の冬までは。  バース性がオメガに変化していると診断された数週間後、父の書斎に呼ばれ、次期社長には弟の雅季を任命すると告げられた。 「響はオメガであろうと、他のアルファに劣ることはないと思っている。……けれど、一条の代表を任すことは出来ない」  低く落ち着いた声で、父はそう言った。  響はただ頷いた。オメガはヒートの期間があるし、後天性はいまだその性質が不明な部分が多い。いつなにが起こるかわからない人間を、数十万人の従業者を持つ会社の社長にすることは出来ない。父は会社のトップとして、当然の判断をした。 「お前は優秀な人間だ。サポートは惜しまないから、好きなことをして生きなさい」  その声は温かかった。響は「ありがとう父さん」と答え、書斎を出た。  廊下を歩きながら、呼吸が浅くなるのが分かる。なんとか自分の部屋へ辿り着き、後ろ手に扉を閉めたところで涙がこぼれた。  父の判断はいつも正しいし、「好きなことをして生きなさい」という言葉には、父親としての優しさがあった。  分かっているのに、心が引き裂かれたように苦しい。  もう、期待に応えることができない。  もう、父のようになれる自分はいない。  一条の人間として家族みなが歩いているレールが、急に響の分だけ書き足されることなく途切れた。  好きなことなんてない。他の生き方なんて知らない。この後はどこへ進めばいい?  オメガに変化したばかりの頃のことは、混乱と体調不良もあって、あまりよく覚えていない。  中学も通信制に切り替えたので、ほとんど家に篭っていた。  オメガというだけで、生きていくのが難しい人は大勢いる。通信制であろうと学業を継続できて、食事にも困らず引きこもっていられる自分の環境は、間違いなく恵まれている。  分かっている。それでも心が追いつかない。

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