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 アルファと優秀なベータのみが在籍する、所謂名門といわれる中学校に最後に登校した日のことは、ぼんやりと記憶にある。  生徒がいない日曜だった。  私物を取りに職員室へ行き、教師がなにか、多分響を励ますようなことを言って、響はそれに頭を下げた。  数冊のノートと教科書だけを受け取って、たいして重くもならなかった鞄を持ち学校を出た。  帰り道は、送迎車を断って歩いて帰った。最後の下校になるなと思った気がする。  その通学路の途中、在学中たまに見かけたキッチンカーが止まっていた。  買い食いは校則で禁止されていたから、美味しそうだなと思いながらも、いつも外観を眺めるだけだったサンドイッチの店。  初めて立ち寄って、野菜サンドとハムサンドを買った。  購入を禁止する校則は、もう自分には関係ない。  あとで食べようと鞄に入れて、また歩き始めた。  学校も街も、いつも通りだった。  世界はなにも変わらないのに、響だけが違う。  響だけ、全てが終わって、変わって、そして勝手にまた始まった。  ――マジで良かった。オメガじゃなくて。  同級生たちの声が聞こえる。  寒さに、身体が震えた。  見上げた空は重い灰色で、舞うように雪が落ちてきた。  ……そうだ。あの日は、雪が降ってたんだ。  雪が降っていて、それで―― 「響。着いたよ」  壱弥の声に、顔を上げた。  見ていたはずのタブレットの画面は、膝の上で暗くなっている。  エンジン音と、わずかな振動が緩やかに消える。ポルシェはいつの間にか、目的地である訪問先企業の地下駐車場に停車していた。  五分か十分か、うつらうつらとしていたらしい。昔の夢を見ていた気がする。  寂しさとか悲しみといった、湿った感情の余韻が残っている。  頭を切り替えるように息を吐き、タブレットをブリーフケースにしまった。  壱弥が運転席から車外に降り、響の座る後部座席の扉を開く。  まるで専属運転手のようにスマートな動きを見せる男に、「ありがとう」と礼を言って、車から降りた。  エレベーターへ向かう響の隣を歩く壱弥は、ジョルジオアルマーニのスーツをさらりと着こなし、車内に流れていたブルーノ・マーズをご機嫌に口ずさんでいる。  スーツは英司が選んだものだ。  英司は「似合うから選び甲斐がある」と、スーツ二着とアウター二着を壱弥のために購入していた。響の友人は、自分が着飾るのも人を着飾るのも大好きだ。 「壱弥、約束覚えてる?」  二人だけのエレベーターに乗り込んで、響は壱弥を見上げる。 「……うん。仕事の時は、響に抱きついちゃいけない」  壱弥はそう答えたくせに、次の瞬間には響の腰を引き寄せる。 「おい」 「エレベーターが止まるまで。仕事中は、我慢する」  さっきまでの、まるで海外セレブ然とした雰囲気なんて跡形もない男に、仕方ないなと息を吐く。

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