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オフィスの郵便受けを開いて、響は思わず「げ」と声をもらした。
公共料金表やダイレクトメールの中に、宛名も送り主名も消印もない封筒が混じっている。
オフィスへ向かいながら、その中身を確認する。
『オメガは社会に出てくるな』『カラーのコンペを辞退しろ。オメガの分際で表舞台に立つな』『コンペに出ることは許さない。オメガは日陰で生きるべきだ』
バース差別と、コンペの辞退を求める内容が書かれた三枚の用紙に、隠し撮りしたらしい響の写真が数枚。
衝撃的な贈り物だが、三回目ともなれば少しは耐性がつく。
この全面空白な封筒を初めて受け取ったのは二週間ほど前だ。
三通とも、複数の隠し撮り写真と脅迫文めいた文章のセットで、ポストに直接投函されていた。
重い溜め息が溢れた。
そのすぐ後に釣られたように咳が出て、額に手を当てる。
数日前からなんとなく身体がダルいなと思っていたら、今朝は微熱があった。
どうやら風邪を引いてしまったらしい。体調も良くない中で、こういった不快な事案は煩わしい以外の何物でもない。
乗り込んだエレベーターの階数表示の数字が、一つずつ増える。その度に息苦しさも増していくような気がした。
「響」
解錠する前に、オフィスの扉が中から開いた。まるで響の状態を把握しているかのように、心配そうな壱弥が顔を覗かせる。
「大丈夫?」
問われて、大丈夫だと答えようと開いた唇からはまた咳が出た。
「三回目が来てた」
ぼんやりする頭を緩く振って、郵便物を壱弥へ渡した。
壱弥の顔が険しくなる。封筒に鼻先を近づけ、更に眉を寄せた。
「これも、TX+の匂いがする」
「……やっぱり」
使われている封筒や用紙の種類は毎回違うけれど、写真や書かれた文章の内容、そして壱弥でなければ分からないだろうTX+の残り香は、今回を含め過去二回全てに共通している。この悪意あるファンレターは全て、同一人物から送られてきた物のようだ。
二週間に三通というペースはなかなかの熱意を感じるし、文章の内容も、明確にコンペ辞退を迫るものになってきている。
こちら側も何か、対策を打たなければいけないかもしれない。
デスクに封筒の中身を広げ、スマホで写真を撮る。証拠を保存し、社内の共有ファイルに画像を送信した。
いくつか仕事を片付ける為に、こうしてオフィスへ寄ったけれど、パソコンを立ち上げる気力はなくなっていた。
本格的に熱が上がってきたらしい。身体の奥に、じくじくとした熱が重く広がる。
仕事も、この不快な郵便物の対応も明日に回そうと考えていると、難しそうな顔をした壱弥と目が合った。
「……響、香水変えた?」
「香水?……別に、いつもと同じ――」
答える途中で、不意に心臓が大きく跳ねた。
周りの空気が薄くなったように、自分自身が発する『それ』を強く感じ、覚えのある生理的嫌悪感が込み上げてくる。
――え……まさか、……ヒート?
そんな。次のヒートまで二週間はあるはずだ。今まで周期はほぼ一定で、ズレたとしても一日か二日程度だったのに。
「なんで……っう、」
「響?」
驚く壱弥を残し、口元を押さえながらトイレへ駆け込む。
予定よりかなり早いけれど、これは完璧にヒートだ。
くそ。この忙しい時に。スケジュールを組み直さないと――
仕事の予定変更 をしなければいけないことは分かったけれど、どう変更すればいいのかはもう考えられない。
身体の奥はどこまでも熱く、そして一方では痛いくらいに冷えきっていく。
ちぐはぐな不快感に唇を噛んだ。
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