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響のヒートは性的興奮が高まり発情するのではなく、嫌悪感や吐き気といった症状が出ると聞いていたし、実際、前回はその通りの状態だった。
けれど今、響の様子は確実にそれとは異なる。呼吸は荒く、目は水の膜を張って潤んでいる。頰や耳、首筋まで赤く染まっていて、まるで普通のオメガのヒートのようだ。
壱弥はなるべく響を直視しないよう、その身体を支えベッドに下ろした。
さっきからやけに、自分の鼓動の音がうるさくて落ち着かない。今、響の近くにいるのはよくない。壱弥の脳が強く警告を発している。
「……水、取ってくるね」
ベッドを離れようとすると、響に腕を掴まれた。
感じるフェロモンがさらに強くなり、蹴り上げられたみたいに心臓が跳ねた。
「……壱弥、……苦しい……」
響が縋るように、壱弥の腕に額を押し付ける。より近づいた身体に、全身の血がざわめいた。
「……これ……普通のヒートの、症状っぽい……」
響が息を乱しながら言う。
壱弥は響の下半身に視線を向けてしまい、慌てて反らした。響のそこは、普通のヒートの症状――理性では抑えきれない、性的欲求が湧き上がっている状態を示していた。
「……壱弥、ごめん……お前が、……い、嫌じゃなければ……助けて、ほし……」
響が恥じるように俯いた。
【オメガのヒートを落ち着かせるには、アルファを相手に発散するのが効果的です。自慰や一定の期間が過ぎることでもヒートはおさまりますが、アルファのフェロモンを身体に取り込むこと、つまり、性行為をすることが一番実効的であるとされています。行為は最後まで行わなくとも、前戯やキスだけでもその効果を得ることが出来ます。※性行為は互いの同意の元行いましょう。】
バース検査時に渡された冊子の内容が、注意書き部分まで鮮明に頭の中に表示される。
「……わかった」
これは、応急処置だ。
響を助けられるなら、力になりたい。
響も、ノーマルなヒート症状の処理相手が、発情しないフィアラル・アルファなら適任だと判断したのだろう。互いの同意もある。ただ彼を助けるだけ。それだけだ。
「最後まではしないよ。……響を楽にするだけだから」
短く息を吐き、響の頰に手を添えた。
濡れた目で見上げられ、ぞくりと背中が粟立つ。
顔を近づけ、響の唇を塞いだ。
初めてのキスだった。壱弥の人生で初めての。
それは、痺れるように熱くて甘かった。「応急処置だ」と頭の中で何度も繰り返す。
一瞬、自分のジャケットへと意識が飛んだ。ベッドサイドの椅子にかけた、ジャケットの内ポケット。そこにはアルファ用の抑制剤が入っている。
発情しないフィアラルであろうとアルファに変わりはない。薬の携帯は壱弥にも義務付けられている。
けれど、実際に抑制剤が必要だと感じる場面は過去に一度もなかったから、持ち歩くのを忘れてしまったり、何ヶ月も新しい物と交換しなかったりと、薬の管理は正直おざなりだった。
それなのに、今胸ポケットにある抑制剤はパッチタイプの最新型で、即効性のあるものだ。つい数日前、なんとなく買い替えていた。なんとなく、替えておいた方がいいと思った。
昔から、壱弥の「なんとなく」は良く当たる。
「……響、こっちも、触るよ」
唇を離し、響のベルトを緩めた。パンツのフロントホックを外すと、壱弥の作業を助けるように、響の腰が浮く。
キスも初めてなら、他人のものに触るのだってもちろん初めてだ。
響のそれはしっかりと芯を持ち、先端は濡れていた。
「……っ、ん、……ごめ……こんなこと、させて……」
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