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マンションの玄関をカードキーで解除し、フラフラとしている響の身体を支えて部屋に入った。
「響、家着いたよ」
「んー……」
アルコールが香る響からは、半分寝ているような声が返ってくる。
年が明け一週間余りがすぎた今日、英司の姉である美琴の自宅で、遅い新年会が開かれていた。
英司と美琴、美琴の番の陽菜子 、響と壱弥が参加メンバーだった。
陽菜子には初めて会った。美琴に負けず劣らずの美人で、おっとりとした雰囲気の女性だった。それでも、ニコニコとした笑顔ではっきりキッパリ物を言う姿は、何事にも動じない強さを感じた。英司曰く、「美琴を尻に敷けるのは陽菜子さんくらいだよ」らしい。
響は気を許せる酒豪たちのペースに乗せられたのか、珍しく飲み過ぎたようだった。カラーのアラートを作動させた響をつれ、朝まで続きそうな新年会から途中離脱した。
芯が抜けたようにくたりとなる響をソファに座らせ、水を取りにキッチンへ向かう。自分用にもミネラルウォーターを一本開けて、立ったまま五百ミリを飲み干した。
壱弥は運転があるから酒は飲んでいない。けれど身体は熱い。久しぶりに響に触れたせいだ。
細い腰、温かい体温、アルコールに混じって香る、大好きな香水の匂い。
大きく呼吸をして、目を閉じる。
抑制剤はパッチ型から、より効果の強い注射タイプに変えた。一日一回の用量は無視して、今日も朝昼夕と三回打っている。大丈夫。響はきっとすぐ寝るだろうから、そうしたら俺も帰ろう。
四通目の脅迫状以降、新しいアクションは特にない。
英司が謎の人脈から得た情報によると、宮下は一月十五日前後に海外へ出発するらしい。あと一週間程度。それは、壱弥が響と一緒にいられるタイムリミットでもある。それを思うと、身体の熱は急激に冷めていく。
よし、と力なく呟き、リビングへ戻った。
「響、水飲める?」
ソファでぐったりしている響にペットボトルを差し出すと、虚な目に見上げられる。近い距離で目が合って、それだけで冷めたはずの身体が鼓動を早くする。
響は壱弥の手に手を重ね、ボトルを傾けた。触れられたことに焦り、それでも本能は素直に喜んでしまう。
上がる顎のライン、動く喉、水を受け止める唇。伏せられたまつ毛の角度まで、壱弥の脳は響の全てを記録する。一瞬も見落とさないように、少しでも多くの響を自分の中に残そうとする。
響がさらにボトルを傾けた時、飲み込みきれなかった水が口から溢れ出た。
唇の端から透明な水が線を引いて、響の顎を伝い首筋を辿る。滴がじんわりとカラーに染み込むまで、食い入るようにその様子をただ見つめていた。
響のまつ毛が上がり、再びその瞳に壱弥を映す。
壱弥の喉がゴクリと鳴った。逸らさなければいけない視線は、縫い付けられたように留まる。
「……こぼれた」
響が吐息みたいに呟いた。
「も、もう……響、かなり酔ってる?酒飲み過ぎだよ」
ペットボトルをローテーブルへ置き、響に口元を拭くようティッシュを渡した。
「……なんで俺が……こんな、飲みすぎたのか……分かってる?」
ティッシュを受け取らず言う響に、えっと焦る。その声と壱弥を見る目には、どこか責めるような色がある。
「……なんで、って……楽しかったから?」
「……楽しかったよ。楽しかったけど、…………俺、悲しい時の方が、飲んじゃうんだなって……今日知った」
響の言葉に目を見張る。
「響、なんか悲しいことあったの?」
「……あったって言ったら?」
響が不安そうな顔で壱弥を見るから、心臓がぎゅうと絞られたみたいに痛んだ。
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