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 都内のレストランバーの個室で、響は華奢なシャンパングラスを掲げ、木之原と乾杯した。 「せっかくの土曜の夜なのに、老人の相手をしてくれてありがとう」  木之原がグラスを傾けながら、上品に笑う。 「誘ってもらえて嬉しいです。お店も素敵ですし」  シャンパンを一口飲んで、響は室内に目を向けた。  木之原に連れてきてもらったこの店は、モダンでスタイリッシュな雰囲気だった。個室内には派手なアートワークやポスターが飾られ、チルアウトミュージックが流れている。 「若い世代の子に人気の店だって、患者さんにお勧めされたんだよ。僕だけじゃ、きっと来る機会はなかっただろうなぁ」  同じビルの地下にはクラブも入っていて、まさに若者のホットスポットという感じだ。木之原世代の男性は、あまり選ばない店だろうなと響は思った。 「英司も来られたら良かったんですけど」 「彼は今出張で大阪だっけ?」 「はい。だから飲み相手がいなくて、一人侘しくコンビニか冷凍食品の夕食になるところでした」 「それなら声をかけて良かったよ。でも最近、コンビニも冷凍食品もかなり美味しくなったと思わない?」 「思います」 「だろう?僕みたいな独身男には、ありがたい進歩と企業努力だよ」  木之原は数年前に離婚している。詳しい話は聞いていないが、別れた妻と自分は結婚に向いていなかったのだと彼は言っていた。揉めることもなく、平和なお別れだったという。 「……それにしても、大変だったね。色々と」  響のグラスに新たな泡を注ぎ足し、木之原が労るような目を向けてくる。響も木之原のグラスを満たしながら頷いた。 「宮下社長の息子は、執行猶予付きになりそうだね」 「……そうですね。書類上は、初犯ってことになりますし」  響は眉根を寄せ、細やかな泡が登るグラスを見つめた。  宮下は数人のオメガに対する強制性交等罪で逮捕され、後に薬物の所持と使用も確認された。まだ勾留中だが、実刑判決は受けないだろう。  薬物に関しては初犯だし、性的暴行も、被害者がオメガで加害者がアルファの場合、実刑まで持っていくのは難しい。特殊バース性同士には、事件や事故の際『特例的判決』が適応されることが多い。アルファ側がオメガのヒートに当てられてラットになってしまったと訴えれば、オメガの自衛不足も要因の一つとされるのだ。公平で包括的な社会への道のりは遠いなと、響は溜め息を吐いた。  宮下の逮捕後は、響も多事多端な日々を送らざるを得なかった。通常の仕事やコンペのスケジュールをこなしながら、警察の事情聴取を受け、マスコミの対応に追われた。  二週間経ってやっと、レストランで食事出来る程度には、仕事も周りの騒がしさも落ち着いてきた。 「彼はきっと、海外で薬物治療プログラムを受けるだろうね。大きく報道もされたし、当分国内には戻れないはずだ。響君にだって簡単には近づけないよ」  響を安心させようとする木之原に微笑む。 「それは、本当に大丈夫だと思います。あいつが――壱弥が、きっちり脅してくれましたから」  テーブルに視線が落ちる。シャンパンを飲んで喉を潤した。 「……壱弥君か。響君のボディーガードを辞めた後、どうしてるかな?連絡は取ったりしてる?」 「連絡はたまに。……壱弥は退院後、紹介した社員寮付きの仕事に就いてるみたいです」 「そうか……残念だよ。壱弥君にはもっと色々聞きたかったし……彼の人柄も、僕は好きだったから」

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