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 宮下に襲われた日、壱弥は病院に運ばれ、そのまま入院となった。倒れた原因は、アルファ用抑制剤の過剰摂取。木之原の仮説通り、壱弥は相性のいいオメガである響だけに発情し、それを隠して、通常の三倍以上の抑制剤を日常的に使っていたことが分かった。 「俺も、壱弥のことは気に入ってたので、寂しいです。……でも、発情するアルファを側に置くのはリスクが高いので、仕方ないですね」  きっぱりと言う響に木之原は僅かに目を眇めたが、緩く首を振ると「新しいボディーガードは雇うのかい?」と話題を変えた。 「ええ。民間の警備会社に、ベータの方を依頼してます。宮下は捕まったけど、一応コンペが終わるまでは、お願いするつもりです」 「そうだね。何事も用心するに越したことはないよ。そのカラーも、早く試作品が戻ってくるといいね」  木之原が響の首元を見ながら言う。いつも響が着けているコンペ用のカラーは、現在最終審査に向け改良中の為、メーカーに提出している。今響の首を守っているのは、他社の代替品だ。 「多分、明日か明後日には戻ってくると思います。今着けてるカラー、指紋認証くらいしかセキュリティ機能がないので、さすがに心許なくて」  響が撫でるようにカラーに触れた時、ジャケットの内ポケットでスマホが震えた。 「先生、ちょっと失礼します」  電話に対応するため、木之原に軽く頭を下げて席を立った。  数分後、部屋に戻ると、テーブルにあったシャンパンは下げられ、新しいワインのボトルがあった。  二脚のグラスには濃い赤色が注がれている。 「お待たせしました。……赤ワインですか」 「うん。リストに良さそうなのがあったから。オーストラリアのシラーなんだけど」 「いいですね」  響は席に着き、大ぶりのグラスの脚を持った。  木之原がグラスを目の高さまで上げる。響も同じように掲げ、グラスを軽く揺らした。ワインが空気にふれ、ふわりと香りが立つ。 「……いい香りですね。白胡椒、バニラ、クローブ、それから――」  感じ取った香りを並べ、響は木之原と視線を合わせた。 「――無花果(いちじく)、かな」  木之原の眼鏡の奥、柔和な皺が刻まれた目元がこわばる。 「……このワイン、俺は飲まない方が良いですね」  響はグラスをテーブルに置き、天井隅に設置されたスピーカーに手を振った。  すぐに二人の男が部屋に入ってくる。 「響!大丈夫?」  駆け寄って来た壱弥の姿を見て、響はほっと肩の力をぬいた。 「大丈夫だよ。英司、これ警察に渡すから。保管しておいて」 「……ど、どうして……この二人が居る……?」  木之原が呆然と呟く。響からグラスを受け取った英司が、冷めた目を木之原に向けた。 「すいませんね、センセ。俺は大阪には行ってないし、イチも解雇なんてしてないんですよ。響の周りに邪魔者がいない、絶好のタイミングだってあんたに思わせる為に、餌蒔いときました。まんまとアクション起こしてくれましたね」  響は天井に視線をやる。従業員に協力してもらい設置した小型カメラは、インテリアグリーンやスピーカーに囲まれ、上手く隠されている。 「さっき、電話がかかってきたふりをして、本当はこの部屋の映像を見てたんです。……先生が俺のグラスに何か入れてるところ、しっかり映ってましたよ」  響は木之原を正面から見つめ、「先生がグラスに入れたのは、TX+ですよね」と、冷静な口調を意識して続けた。  目の前の主治医は表情がなく、何を考えているかは伺い知れない。けれど、聡明な彼は理解しているはずだ。罪の全てはすでに暴かれ、自分は嵌められたのだと。

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