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「とりあえず、馬鹿みたいに抑制剤を使ってたことは、俺すごく怒ってるよ」 「ご、ごめんなさい……」 「……でも、そうさせたのは俺だから、……俺も、ごめん」 「そんな、なんで、響は何も悪くない」  壱弥がぶんぶんと首を振る。 「次、用量を守らなかったら、クビにするからね」  クビになんか出来ないけれど、脅しておく。二度とあんな無茶をさせるわけにはいかない。 「……え、次って……俺、まだクビじゃないの……?」  怯えた壱弥の表情に、わずかに明るい色がさした。 「こんなに優秀なボディーガードは他にいないと思うし、……こんなに、離れたくないって思う奴も、他にいないから」  笑って、壱弥の顔を覗き込むよう身を乗り出す。壱弥を近くに感じた分、もっと近付きたくなる。 「これからも、お前のボスは俺だよ。……いい?」  目を見開き、壱弥が信じられないという顔をした。 「……っ、いい!めちゃくちゃ嬉しい!」  壱弥が響を思い切り抱き寄せ、もっと近づきたいという願いを叶えてくれた。  壱弥の腕の中は、自分の場所だ。自分だけの居場所。壱弥と離れるなんて絶対にできないという気持ちが、改めて揺るがないものになる。  そうして、壱弥の雇用契約と住居の提供が継続されることになり、退院してからも、壱弥は会社のオフィスで生活している。木之原のことで色々と混乱はあるものの、少しずつ今まで通りの生活に戻り始めている。――はずなんだけれど。 「……なんかやっぱり、変なんだよな……」 「変って?イチ?」  響の思わず漏れた呟きに、画面越しの英司が首を傾げる。 「……うん。変、っていうか……俺と二人きりになると、微妙に距離を取りたがってるような、気がする……」  以前のように、明らかに接触を避けている感じではない。けれど、無邪気な大型犬のように抱きついてくることも、甘えたがりの子供みたいに触れてくることも少なくなった。 「それはさ、万が一でも、響となんか事故っちゃ大変だって思ってんじゃねぇの?」 「事故、って……俺がヒートになって、壱弥が発情しちゃうってこと?」  そうそうと英司が頷く。 「……別に、そうなってもいいのに」 「え?……いいの?イチと番になるかもしれないんだぞ?」 「分かってるよ。……俺の番は、壱弥以外に考えられないから」 「なんだ……お前、もうそこまで気持ち固まってたのか」 「……俺はね。でも壱弥は……どうだろう」  壱弥も、響と一緒にいたいと思ってくれているのは十分伝わってくる。好かれているのも分かるし、けれど、番関係となれば一生を左右する問題だ。そこまでの決断は、壱弥はまだ出来ていないのかもしれないと、響は今さらに思い当たった。 「いやいや、イチも響と(つが)いたいに決まってんじゃん」 「でも……英司にも言っただろ?俺と壱弥、実は昔会ったことがあるって」 「ああ、響が中学の時だろ」  壱弥の入院の準備をしている時に、彼の荷物の中から、ボロボロのマフラーを見つけた。元は灰色をしていたらしいそれは色褪せ、所々がほつれて、とても使えそうにない代物だった。それでもそのマフラーは丁寧に畳まれて、荷物の奥に大事そうに仕舞われていた。

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