52 / 63
51
「とりあえず、馬鹿みたいに抑制剤を使ってたことは、俺すごく怒ってるよ」
「ご、ごめんなさい……」
「……でも、そうさせたのは俺だから、……俺も、ごめん」
「そんな、なんで、響は何も悪くない」
壱弥がぶんぶんと首を振る。
「次、用量を守らなかったら、クビにするからね」
クビになんか出来ないけれど、脅しておく。二度とあんな無茶をさせるわけにはいかない。
「……え、次って……俺、まだクビじゃないの……?」
怯えた壱弥の表情に、わずかに明るい色がさした。
「こんなに優秀なボディーガードは他にいないと思うし、……こんなに、離れたくないって思う奴も、他にいないから」
笑って、壱弥の顔を覗き込むよう身を乗り出す。壱弥を近くに感じた分、もっと近付きたくなる。
「これからも、お前のボスは俺だよ。……いい?」
目を見開き、壱弥が信じられないという顔をした。
「……っ、いい!めちゃくちゃ嬉しい!」
壱弥が響を思い切り抱き寄せ、もっと近づきたいという願いを叶えてくれた。
壱弥の腕の中は、自分の場所だ。自分だけの居場所。壱弥と離れるなんて絶対にできないという気持ちが、改めて揺るがないものになる。
そうして、壱弥の雇用契約と住居の提供が継続されることになり、退院してからも、壱弥は会社のオフィスで生活している。木之原のことで色々と混乱はあるものの、少しずつ今まで通りの生活に戻り始めている。――はずなんだけれど。
「……なんかやっぱり、変なんだよな……」
「変って?イチ?」
響の思わず漏れた呟きに、画面越しの英司が首を傾げる。
「……うん。変、っていうか……俺と二人きりになると、微妙に距離を取りたがってるような、気がする……」
以前のように、明らかに接触を避けている感じではない。けれど、無邪気な大型犬のように抱きついてくることも、甘えたがりの子供みたいに触れてくることも少なくなった。
「それはさ、万が一でも、響となんか事故っちゃ大変だって思ってんじゃねぇの?」
「事故、って……俺がヒートになって、壱弥が発情しちゃうってこと?」
そうそうと英司が頷く。
「……別に、そうなってもいいのに」
「え?……いいの?イチと番になるかもしれないんだぞ?」
「分かってるよ。……俺の番は、壱弥以外に考えられないから」
「なんだ……お前、もうそこまで気持ち固まってたのか」
「……俺はね。でも壱弥は……どうだろう」
壱弥も、響と一緒にいたいと思ってくれているのは十分伝わってくる。好かれているのも分かるし、けれど、番関係となれば一生を左右する問題だ。そこまでの決断は、壱弥はまだ出来ていないのかもしれないと、響は今さらに思い当たった。
「いやいや、イチも響と番 いたいに決まってんじゃん」
「でも……英司にも言っただろ?俺と壱弥、実は昔会ったことがあるって」
「ああ、響が中学の時だろ」
壱弥の入院の準備をしている時に、彼の荷物の中から、ボロボロのマフラーを見つけた。元は灰色をしていたらしいそれは色褪せ、所々がほつれて、とても使えそうにない代物だった。それでもそのマフラーは丁寧に畳まれて、荷物の奥に大事そうに仕舞われていた。
ともだちにシェアしよう!