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第9話

「……ちょっと連絡、させて」 「ああ」 指を動かすことすら辛い。 この副作用では、日常的には到底使えないだろう。 発情期は完璧に抑えられているから、副作用が治まれば世界的な新薬になるかもしれない。 “ 6時10分 投与 6時45分 吐き気 悪寒 7時00分 気絶するように睡眠  8時00分 起床 立ちくらみ 登校 発熱有 9時25分 講義中気持ち悪さに退出 “ メールを作成すると、それを怜さん送信する。 どれくらいで副作用が出るのか、どういった症状が出るのか、逐一報告することが俺の役目だった。 携帯を握り込んでもう一度目を閉じると、 すぐに手の中が震えてため息を吐く。 返事が早い。 返事なんかいらないのに。 “やっぱりね。 まあそうなると思った。 次は治ったら報告して。しばらく治らないと思うから。 本当は通常の生活の中でどうなるか見たいけど今回のは随分きつそうだし、今日のところは講義もう受けなくても良いよ” 珍しい。 いつもなら講義を受けることを強要してくるのに。 それだけ、今日は体調が悪くなることを分かっていたということか。 何の成分が入った抑制剤なのかは知らないが、そんなものを体内に注入されたと考えると気分が悪い。 怜さんは、俺が匂いを撒き散らしたり、発情期になることを酷く嫌がっていた。 番でも作ってきたら困るからだろうか。 怜さん自身が、Ωの匂いにあてられたくないからだろうか。 だからこそ、いつも試すものは副作用の強いものだ。 絶対に他を誘惑しない強いもの。それでいて、いつか副作用が出ないものが発見できないかと日々試しているのだ。 確かにこんなの、一般の治験じゃ無理だよな。 「佐山。凄くしんどそうな顔してる」 「……なに」 さらりと汗でおでこにくっついていた髪の毛を剥がされる。 「熱いな」 蒼が、いたたまれないような表情をしていた。 なぜお前が、そんな顔をするんだ。 「……大分よくなった、から。 今日のところは帰宅する。 自分で帰れる。 朝霧は次の講義行って」 どうにか言葉を紡いだ。 あまり口を開くと本当に吐きそうだ。 「送るよ」 「や、いい」 「良くねぇよ」 「嫌だ、だって」 「だって?」 これ以上お前と居ると、ダメになってしまう気がするんだ。 ぎゅっと口を結ぶと、蒼はひとつ息を吐いた。 車にエンジンがかかる音がする。 微かな揺れでさえ体に伝わり、それが酷く気持ち悪く感じる。 「しっかり休ませてやるからもう少し頑張って」 もう少しって、いつまで。 この優しさに甘えたい。甘えたくない。 逃げ出したい、ここに居たい。 あぁもう、分かんないな。 頭痛が酷すぎて、目の前がチカチカする。 「……朝霧、2限が」 「俺単位取りまくってるから全然大丈夫」 「でも」 「何言われてもこの状態の佐山を放っとくつもりないから覚悟決めて。 もうしんどいだろうし喋らなくて良いよ」 淡々とした口調でありながら、どこか優しさも帯びている。 昔より落ち着いたけれど、 蒼はあの時のまま変わっていない。 少し強引で、ただひたすらに優しい。 優しすぎて怖いなんて感覚、はじめて知った。 やっぱりこの人とは、あまり深い関係にはなれないや。

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