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第10話
ーー
朝霧蒼
横目で気遣いながら車を走らせる。
また意識飛びそうだなと思いながらふつふつと怒りさえ込み上げてくる。
何でこんなことになってんだ、こいつ。
病院に誘ってもあの嫌がりよう。
挙げ句の果てには歩いて帰れるような状態でもないのに”放置して”だの”朝霧は講義に行って”だの。
大体意識なくなるまで我慢するな。
何普通に大学来て講義受けてんだ。
二言目には”大丈夫”って言いやがって。
考えれば考えるほどもやもやとした感情が拭えなくなる。
送るとは言ったが、佐山の家に送るつもりはなかった。
そもそも住所も知らないし、この状態で聞き出すのも酷だ。
そして何より、俺の家なら何かあればすぐに父親に相談することができる。
父は内科の開業医をしていた。
俺は今一人暮らしをしているが、病院からは徒歩で行ける距離だ。
昼休み中に声をかければ来てもくれるだろう。
マンションの駐車場に車を停めた。
「佐山」
小さく声をかけるが、佐山はぴくりとも動かない。
眠っている…というより完全に気を失っているという方が正しい。
抱きかかえてやると、そのあまりの軽さに驚く。
いくら身長差があるとはいえ、細すぎる。
飯食ってんのかな、こいつ。
講義ではよく見かけるけれど、そういえば学食等で見かけたことはない。
佐山からは、ほのかに良い匂いが漂っていた。
香水でもつけているのだろうか。
左手でしっかりと支え、右手でオートロックを解除し、エレベーターのボタンを押し、鍵を開ける。
これらが片手で出来てしまうほど、俺と佐山には体格差があった。
俺の家は1LDKの白を基調とした部屋だ。
ソファ、テレビ、パソコン、机、ベッド等の必要最低限の家具しかないが、物がないのでよく片付いているようにも見える。
ダブルサイズのベッドに佐山を下ろしてやる。
佐山がそこに横になると、やけにベッドは小さく見えた。
すぐに体温計を脇に差し込むと、
冷たかったのか佐山は少しだけびくんと体を震わせる。
少しだけ安心する。
当たり前だけれど、ちゃんと生きている。
電子音が鳴り体温計を抜くと、39.3と書かれていた。
熱が高すぎる。
唇が小さく震えている佐山に布団をかけてやり、父親へとメールをする。
『お疲れ様。
今同級生が体調悪いみたいで、病院嫌がったから家に寝かせてる。
熱が39.3ある。何してあげたら良い?
気絶するみたいに眠ったから心配で』
まだ仕事中だろうが、昼休憩に入ったらメールは見てくれるだろう。
送信してから受信メールを見ると、案の定結斗からも連絡が入っていて、今日はもう大学へは行かないことを伝える。
佐山に言った単位に余裕があるというのは本当だし、このまま置いてもいけない。
ーーしかしこの、
何だろうな、懐かしい感じ。
ベッドで眠る綺麗な子を見ているこの感じは、まるであの時の。
“佐山奏なんて人、いなかったでしょ。
初対面だよ”
初対面、か。
そっと頭を撫でる。
早く熱など治れば良い。
確かに考えて見れば、
あの子との性格はまるで違うような気がした。こんなに頑なに嫌がったり大丈夫だと強がったりはしなかったような気がする。
近寄らないでというオーラが凄まじいし、あの子より大分トゲがあるのだ。
結斗は高校時代の佐山を知っていて、全く喋らなかったと言っていた。
あの子は、大人しくはあったが話しかければよく喋る子だった。
そもそも名前が全く違う上に佐山自身が初対面だと言っているのに、何を重ねようとしてるんだか。
もう10年も前のことだ。
笑うと本当に可愛い子だったなと小さく微笑むと同時に、
今目の前で眠るこいつが笑う姿が想像できないように思えた。
佐山の笑った顔も見てみたいな。
いつ見てもどこか苦しそうで、
友達といるところも見たことがなければ、
当然笑ったところも見たことがない。
荒く呼吸を繰り返す佐山が、良く眠れれば良いのにと願うばかりだった。
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