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第27話 6章 小鳥は籠の中へ

 この時の二人は、稚児勤めの経験の無い桜也は勿論のこと、藤之助も香の稚児勤めが過酷なものになることを知らなかった。知っていたら、この要請を断っていただろうか……それは分からない。ある意味、知らないことは幸いだったかもしれない。  香が神林へ行くのは、中学入学から一ヶ月後の連休中と決まった。当初は春休み中にとの話もあったが、入学式は秋好で済ませたいとの意向が通った形だ。  この件もあり、藤之助と桜也は、神林での香の扱いは悪くないと思った。確かに、香のために離れへ部屋を用意するなど、待遇は良いだろうと思われた。秋好流の若として、他の内弟子とは一線を画す扱いと思われたのだ。  中学への入学式が終わった後、香は祖父の部屋に呼ばれて行くと、そこには既に父も来ていた。二人の表情に、何か重々しいものを感じる。 「香、お前の舞を、神林の宗家が大変褒めておられたのはお前も知っているだろう。それでだな、宗家がお前を神林で修行させたいとおっしゃっている」  お褒めの言葉を頂いたのは既に知っていた。香は大変誇らしい思いを持った。だが、神林で修行? それはどういった形で……。香の疑問へ答えるように藤之助は話を続ける。 「修業は住み込みになる。故にお前は、来月連休中に神林へ行くことになる。よいか」 「学校はどうなるのですか?」 「神林から通うのじゃ。通学の送迎も車でしてくださるそうじゃ。学校からの帰宅後、そして休日としっかり舞の稽古に専念できる。香、これは大変ありがたいことだ。謹んでお受けすると伝えてある。お前もそのつもりでいなさい」  余りに急な事で香は直ぐに返事が出来ない。連休まであと一ヶ月もない。生まれ育った家を出て、神林へ行くのか。全く知らないところへ一人で……不安が香の胸を占める。 「よいか香。お前はこの秋好流を継ぐ身じゃ。いずれお前が宗家になり、この秋好流を盛り立てて行かねばならない。そのためにも、この話は受けねばならん。お前の舞の才能を磨くためにも大切な事なのだ。秋好流の将来はお前の肩にかかっている」  祖父の話を、香は身の引き締まる思いで聞いた。自分が秋好流を継ぐ身だとの自覚は既に持っている。故に稽古は人以上に励んだ。さすが、秋好の若だ言われるのは誇らしい。もっと精進せねばとは、常に思っている。  香は十二歳にして、秋好流次代の宗家との自覚を持っていたのだ。 「はい、分かりました。神林へ行って精進します」  香がきっぱり言うのを、藤之助も、そして終始無言でいた桜也も涙ぐむ思いで聞く。余りにも健気だ。まだ遊びたい年頃のはず。それなのに……。  そして、二人には香に伝えねばならない肝心なことがある。さすがに気が重いが、なんの知識もなく神林へ行かせるわけにはいかない。香には、心構えを持たせないといけない。それは、二人の役目であった。  藤之助は、先ずは稚児勤めについて説明した。何よりも世阿弥の時代からある慣習で、世阿弥もその勤めを果たしていたことを強調する。秋好流は能の流れをくむ流派であることは、香も承知しているからだ。一番基になる人が、世阿弥とも言えるからだ。  香は神妙に聞いている。賢い子だ。理解できているだろう。藤之助は、桜也へ目配せした。  桜也は用意していた艶本を香に見せる。香は、驚きに息を飲む。十二歳の子共には衝撃的な絵だった。

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