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第28話 6章 小鳥は籠の中へ
香は一枚一枚、震える手でめくっていく。こんなことを、自分がするのか……。とても考えられない、裸になることさえ恥ずかしいのに……。
藤之助と桜也には無論香の戸惑いは分かる。しかし、ここが一番肝心なことでもあった。
「よいか香、あらかたはこのようにお仕えする。あちらの宗家、もしかしたら若宗家にな。決して逆らってはならぬ。嫌がってもならぬ。なされるがままに可愛がっていただくのじゃ。それがお前のためでもあり、ひいては秋好のためになる。稚児勤めは、恥ずかしいことではない。秋好の若としての大切な勤めでもある」
香は頷いた。稚児勤めは衝撃的な事だが、秋好の若として大切な事であるなら我慢しなければならないと香は思った。この時の藤之助の言葉は、香が絶望で死を選ぶ直前まで縛ることになる。
香は、秋好の若として全てを耐え忍ぶことになるのだった。
連休も残り三日となった香が神林へ行く日が来た。この日母は、神林へ行けば当分は食べられないからと、おやつに香の好きなドーナツを作った。
香は食べながら母の心遣いが嬉しかった。本当は、もう少しここで暮らしたかったけど……食べながら、その弱い心を打ち消した。自分は秋好の若だ。そう思って……。
藤之助と桜也は、細々と香に言い聞かせた。二人とも香のことが心配なのだ。特に桜也は自分が経験しなかったことを息子にさせる罪悪感がある。可哀想でならぬが、秋好のためだと己にも言い聞かせる。
香は、二人のくどいまでの言葉を神妙に聞くのだった。益々悲壮な決意になっていく。
早めの夕食を済ませて待っていると、神林からの迎えが来た。|古城《ふるしろ》と名乗ったその人は、自分が香の後見として一切の世話をするので、お任せくださいと藤之助たちに挨拶をした。
古城が宗家の庶子で、神林の陰の実力者と言われているのは秋好の側も知っている。その人が自ら香の世話をしてくれるのなら安心と、藤之助たちは思った。
香は、古城に連れられて神林の屋敷の中へ入った。稽古場などがある表と呼ばれる場を通り過ぎて奥と呼ばれる場に入る。ここは宗家の家族だけが入れる場所だ。宗家と若宗家、そして若と呼ばれる若宗家の息子だけが使う稽古場もある。
「ここは今まで三人の方々だけがお使いになっていましたが、香さんもここをお使いいただけます」
香は身の引き締まる思いで頷いた。
古城はそして、香を部屋に案内する。意外なことに洋室だった。寝室が別にある二間の造り、浴室もある。
確かに、稽古場といいこれはかなりの待遇だ。香はありがたいことだと感謝の思いを抱く。
「荷物は運び込みましたので、明日にでも好きなように片付けてください。お食事は済まれましたか?」
「はい、早めに済ませました」
「でしたら後で何かお夜食をお持ちします。明日からのお食事は食堂で取って下さい。好き嫌いなど、何か希望があれば遠慮なく言われてください」
「はい、ありがとうございます」
「それでは宗家へのご挨拶があります。お風呂に入りましょう」
宗家への挨拶の前にお風呂、香は稚児勤めが頭に浮かび、恥じらいを覚える。その香の表情で古城は、香が秋好でそれなりの知識を得ていることを察した。
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