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A Knight of the goddess 女神の騎士2

「あれはグラント家でよくやる挨拶だな、でこちゅーは直独自だが」  俺は電車の中でつばめちゃんに話しかけるのが日課となっていた。 「てかさ、なあつばめちゃん、直のでこちゅー、気持ちいいだろ。あれはなんなんだろうなあ。こう、くすぐったさとあったかさと、何か触れてきてそうで触れてない、いや触れてるか。皮膚の上の話じゃないんだ、こう、魂と魂の触れ合いというか、胸がなんでかきゅんとして」 『アラタ、アラタ』  ましろの呼びかけで気づく。つばめちゃんは俺の胸の辺りで、ふや、ふや、と言いながらモゾモゾ動き始めていた。 「おっとお、つばめさん、もうそんなお時間? おっとおっと、次の駅まで……あー、もうちょっと、もーちょいがんばろうなあ?」  電車内のトイレは……ダメだ、使用中だ。  人目につかない物影で、抱っこ紐越しでつばめちゃんの背中に魔法陣のシールを貼り付ける。  子守唄を歌うみたいに小声で詠って、魔法を発動。そのうちつばめちゃんは本格的な“泣き”に入った。  電車のトイレ、まだダメだ長いな、使用中。  俺は先にトイレを使用しているどなたさんかの腹の平穏を祈りつつ、途中の駅で降りてオムツ交換を行うこととなった。 「おはよう……ございます……」 「おはようございます、ミスター・アラタ」 「はよー」 「おはよう、アラタ」  普通に入ろうがこっそり入ろうがなんの違いもないのだが、若干遅刻した罪悪感からこっそりと、魔法大学文学部古書研究室の扉を開き、極々いつも通りに、研究室のメンバーから挨拶が飛んでくる。 「ふむ、安定の遅刻だな、おはよう、アラタ君」  一番上席の一つ手前にある俺の席に辿り着くと、上席にいるフリード教授がいつものように、胡散臭い笑顔で両手を差し出してきた。  俺は大人しく抱っこ紐を外し、つばめちゃんをいつも通り、教授に引き渡す。 「十分、いや七分、あげよう」 「はい……」  つばめちゃんが来た後に決まったことだが、遅刻した場合、反省文という名の報告書(衝撃波を受けた際の体調の変化、長期に渡り影響を受け続けている中での変化等)を書くことにより帳消しにしてもらえる、ことになっている。  報告書を書いている最中、俺がパソコンを打つのと交換で、教授がつばめちゃんを抱っこしあやすのも恒例となった。  教授の頬は緩みっぱなし(この時の顔だけは胡散臭く無い)なので、きっとまあ、つばめ姫様々、ということなのだろう。  頻繁に書きすぎてほぼ定型文になりつつある報告書を手早く仕上げて提出。そうこうしているうちに教授の授業の補助から始まって、合間に資料作成と報告書の作成、お昼ご飯を食べつつ毎日恒例のビデオ通話でひばりさんとつばめちゃんのご対面、夕方に他の研究員の研究報告と今後の出張先について打ち合わせを行って、十七時には退勤した。 「当麻君!……あ、ごめんなさい、いまは周央君だわ」 「岬先生! 新太で良いですって」  次の日、午前の講義が終わった講堂の片付けをして、研究室へ戻ろうとしていた矢先のことだった。  小さな庭に面した二階の廊下で俺を呼び止めた岬先生は、俺の元へ小走りで寄ってきた。  岬先生は、俺と直が高校一年生の時に副担任だった先生だ。元々この魔法大学で予知専門の学科の研究生だったとかで、今はまた、研究室に戻っていた。 「お久しぶりですね、どうしてここに? 今日はこっちのコレッジで|授業《レクチャー》でもありましたか?」 「ううん、違うの。ああ、この子がクリスマスカードに書いてた、青野さんのお子さんね。  初めまして、青野さんそっくり、可愛いわね。また、時間がある時にゆっくりご挨拶させてね」  岬先生は、一瞬俺の腹に抱えられたつばめちゃん(本日は騎士の御許にお籠りバージョン)に意識を向け、しかしその後はしきりに周りの様子を窺いながら、俺に身を寄せる。 「どうしました、何か慌ててます?」 「新太君、周央、直君はいまどうしてる?」 「直ですか? 直ならいま、エディンバラでインボルクのサバトに参加しているはずですけど」  俺の返答を聞いて、岬先生は明らかに安堵の表情を浮かべた。 「ああそっか、そうだった。昨日今日はサバトよね。そう、無事ならいいの。ロンドンにいないのなら。何かあったらすぐに知らせて。何もなければ全然大丈夫だから。ありがとう、じゃあまた」 「ちょ、待ってください岬先生、一体何が……」  そのまま立ち去ろうとする岬先生を呼び止めようとした、その時だった。  ばさささっ、と大きな羽音がしたかと思ったら、廊下の窓枠ががんがん、と激しく叩かれた。  俺と岬先生、ふたりでそちらを振り向くと、鷹が一羽止まっていた。 「え、もしかしてアズキか? てかどうやって開けるんだこの窓」  模様なんて覚えていないし、個別に判別できるかと問われたらさっぱり自信はないが、俺の知り合いの鷹といえばアズキしかいない。  俺に心当たりがあると分かったからだろう、岬先生が慌てて窓を開けてくれる。 「どうしたアズキ、スーザンは?」 『緊急事態だ、魔女の騎士よ』  窓から部屋の中へぴょんぴょんと飛び跳ねて入り込んだアズキは、嘴をかかっ、っと鳴らした。 『スーザンの祖母と母、それにお前の魔女が連れ去られた』

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