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A Knight of the goddess 女神の騎士4

 夜、二十二時過ぎ。つばめちゃんが寝静まったのを確認し、岬先生とましろに留守を頼んで俺は外へ出る。  ちなみに岬先生は、家のリビングに入った途端、真っ先に暖炉に備え付けてある十字架を見つけて「事情があるのでしょう、でもコレはちょっとよろしくないわね」と言いながら自分のハンカチを取り出して包んで隠してしまった。  俺は、家の庭の片隅にある、パティから非常時以外絶対に使うなと言われた妖精の通り道を使い、ロンドンの街中にある緑の生い茂った空き地(と言って良いのかどうかは不明。ロンドンの街の所々に点在している)の一つに出た。 「……おいおい嘘だろ!?」  岬先生から、施設に入るまで手引きしてくれる人物を用意すると言われていて、その人の近くに出現させて欲しいと望んではいたのだが、まさか目の前に出るとは、俺ですら思っていなかった。  手引きの彼は、俺と目が合って小声で叫んだ後、呆然として立ったまま固まってしまった。 「……赤ん坊を家に置いてきてる。急ぎたい」 「あ、ああ。こっちだ」  俺が促して、ようやく彼も気を取り直し、動き出す。  行き先は大体聞いていたので、先導されるというよりは、隣を並走するように、速足で歩く。  どうも幽霊か何かだと思われているのか、足先から頭のてっぺんまで、何回も舐めるように見られる。  ようやく彼が口を開いた。 「あんたがミサキの言っていた、魔女の騎士だな。登場の仕方がとんでもなさ過ぎて、間違えようがなくて助かったよ」 「そいつは何よりだ」  かるく握手を交わしながら、指定の建物の裏側へ移動する。 「え、ジョ……」  建物の影に見知った顔が見えて、思わず名を呼ぼうとしたが、首を横に振られて止めた。  いつもミスター呼びしてくれる、古書研究室のジョシュアだ。  研究室では一番穏やかな人だと記憶していたが、こういうことに参加するタイプだったのか。  近づくと、大きな布を手渡された。 「数歩進むと、一つ目の結界があります。そこからは結界だらけですので、心してくださいね。  そしてこれを被っていってください。某ファンタジー小説に出てきた便利道具、と言ったら通じますか?」  広げて、それがマントだと気づいた俺は、余計なことを言わないように、ただ頷いた。  あるのか、こういうの。 「アイテムを使って姿を見せないように行けたとしても、私達では、結界で引っかかってしまいますから」 「姿くらまし、姿現しも無理だぞ。あれは完全にフィクションだからな」  三人で少し笑ってしまった。なんだこれ、魔法使いジョークか。 「クィディッチもないしな」 「本当は空飛べないからだろ?」 「いいえ、ごくわずかですが、空を飛べる人はいるんですよ」  申し訳なさそうにジョシュアが言う。おっと、やらかしたか。 「おいおいプリスクールで教わるレベルだろ。あんた一体……」  疑うような目つきで問いかける手引きの彼に対し、んんっと、ジョシュアが咳払いをした。 「僕達はここまでです。潜り込ませている者からの情報によると、ちょうど先ほど、尋問の休憩に入ったようです。再開は零時からとのことですので、お気をつけて」 「戦闘はなるべく避けて、やるとしても最小限でな。幸運を祈る」  俺は頷き、扉へ向かって進んでいった。  これ見よがしにでかい檻が、建物地下二階の最奥にあった。  プラチナブロンドの初老の男性が一人、椅子に座っている。背面に両腕を腕を回しているので、後ろで縛り上げられているのだろうう。  俺に気づいて顔を上げると、綺麗な水色の瞳が確認できた。  ここまで来るのに、戦闘ゼロ、出会った人間も――曲がり角を挟んでのニアミスは二度ほどあったにせよ――ゼロ。  魔女の騎士にはありとあらゆる状況が味方する、とはいうものの、いやこれ施設の方が結構ガバガバじゃないか? と思う。  確かにかなりの数の結界が至る所に張り巡らされてはいたので、閉じ込めておく場所や縛り方がレトロであっても、監視員が四六時中張りついていなくても、別に問題はない、のだろうか? 「レイモンド・ファーガス教授ですか?」 「……君は?」  小声で話しかけると、若干の間の後、返事があった。良かった、教授は、聞くことも話すこともできるらしい。  教授に対して行われているであろう拷問が、どれくらい教授の心身に影響を及ぼしているのか分からない、最悪意思疎通ができない恐れがあると聞かされていた俺は、ほっと息を吐いた。 「ミサキユズキさんに頼まれて来ました。俺なら結界を無視できる。このまま一緒に逃げ――」  俺は話しながら、檻ごと結界に触れようとした。 「駄目だ! 触るな」  俺は咄嗟に両手を上へ上げた。 「すまないが、僕は行かない。いや、行けない」 「どういうことです? 俺はあなたを連れて帰ってきてくれと頼まれました。ここで押し問答するつもりはありません、時間がないので」  教授は首を振るばかりだ。 「僕にも分かっていなかったんだ。死ぬことは視えていた。しかし実際に何が起き、僕らは何故、死に至るのかまでは、分析しきれなかった」  ごく普通に語るので、聞き逃しそうになった。 「いま、何と仰いました? 死に、至る?」 「ユズキは、君に説明していないのか? 君は一体……」  教授は首を振り、大きく息を吐いた。 「事情聴取の間に聞かされた彼らの筋書きによると、僕は……僕と、僕に賛同する魔法使い達は、国家転覆を狙っているそうだ。僕を首謀者としてね。僕は事件の首謀者として、処刑されるらしい。  そもそも僕は、自分がここで処刑されるビジョンを数年前に視ている。  ユズキは、こことは別の場所で、他の大勢の魔法使い達と共に、撃たれてそのまま事切れる。  ちなみに、僕は彼女が死ぬビジョンは視ていない。彼女の死は、彼女自身が視たものだ。  僕と彼女が自分の死を視てから時を置かず、UKの各地に設置した予言予知研究室の分室から、事件に関する予知やお告げの報告が数多く上がってきた。  本来、予言予知研究室は、一つの事象に対してビジョンや予知、お告げを数多く集めることによって、その正確性を上げるための組織だ。僕や彼女のようにはっきりとしたビジョンを視る者は稀なのでね。  しかしこの事件については、上がってくる予言が多く、中でも、魔法使い達が死傷するというのが大半を占める。発生するという場所は、ばらばらだ。  何故そのような事象が起こるのかについての予言は数少なく、またはっきりしたものはなかった。死傷という事象の衝撃が、その他の事柄を圧倒してしまうのだろう。  更に、各報告を分析したところ、事件は数ヶ月先に起こるとその時の分析では結論付けていたが……結局あれからもう、七、八年は経つか。  僕は日時を特定できるビジョンは視ていないから、元々いまこの時だったのか、それとも様々な要因が、ここまで事件を先延ばしにしたのか。なんとも言えない」  七、八年前?  というと、俺達が高校生の頃だ。  高校の時に、岬先生に言われたことを思い返す。 『わたしはいまロンドンの大学の予知予言研究室で、未来で起こるとされている、ある大きな事件の調査をしているの』 『貴方達は、その事件で発生するたくさんの被害者の内のふたりとして映し出された』  その、たくさんの犠牲者の中には、岬先生自身のことも教授のことも入っていた。  つまり岬先生は、自分が死ぬ未来を知っていながら、俺達のために動いてくれていたということだ。  そしてその頃からずっと、未来に抗うために戦っていた。  全然、全く、気づいていなかった。  自分の鈍感さ加減に盛大に悪態を吐きたくなって、空気ごと丸呑みした。 「では、いま行方不明になっている魔女達は……」 「行方不明?」 「エディンバラで、インボルクのサバトに参加していた約百人の魔女達が、連れ去られました」  教授は俺の言葉を受けて、しばらく考え込んだ後、 「なるほど、僕と本来関係のない魔法使いが予言の犠牲者リストに多数上がっていたのは、そういうことなのか……ある程度の人数が集まったところからまとめて連れ去る。  そして、連れ去った者たちを僕の考えに賛同したテロリストに仕立て上げる、というシナリオなのだろうね、恐らく。  だとしたら連れ去られた痕跡は、きちんと調べて残しておいた方がいい。握りつぶされる」  背筋がぞっとする。 「場所の予測は、つきますか?」 「僕は視ていないから確定的なことは言えない。エディンバラで連れ去られたのが百人規模というのであれば、被害者リストが千人規模であったことを鑑みると、他にも魔法使いの集団の連れ去りが起きている可能性が高い。  どこから、どれくらいの人数の魔法使いが連れ去られたかにもよるだろうし……いや、犠牲者リストの人数を考えたら……しかし協力者の数が……」  そこまで言って、教授は首を振った。 「いや、ここで考えていても意味はない。  とにかく、僕はいま、ここを離れるわけにはいかない。自分自身と、巻き込まれる人々の身の潔白を証明するためにも。  無駄足を踏ませ、役にも立てず申し訳ないが」 「でも、ここに残ったとして、その行為が無駄になる可能性だってありますよね? 証拠を捏造されたり」 「ああ、そうだよ。でも僕は、絶対に変わらない運命だけを視る。外に出ても、またここに連れ戻されるだけだ。  僕の運命は変わらない。そして他の人々については、関わる運命が多く、揺らぎが大きすぎて、もしくは確定的な運命が近すぎて、何も視えなかった。  もう、何も視えていないんだ、ずっとね」  教授は下を向き、自嘲するように、吐き捨てるように言う。 「残念ながら、僕が残りの時間でできることは、ここで真実を主張し続けることだけだ。  ユズキに、僕が話したことを伝えてくれ。  彼女ならばきっと正しく差配できる。彼女は運命に抗うために、何年も前から準備してきた。彼女を信頼してついて行く者も多い。この先があるのならば、きっと優秀な指導者になるだろう。  それから……最後にもう一つだけ。  彼女の先視は分岐する。結果が変わる可能性は、まだある。その万が一の可能性に賭けて、いまからでも逃げてほしいと――愛していたと、伝えてくれ」  俺はなんとか、はい、と返事をして、来た道を戻り始めた。  立ち止まって振り向いても、教授が顔を上げることはなかった。  『愛していた』か。  この人はもうずっと前から、絶望して諦めていたのだろう。  岬先生の元に戻ることも、共に生きる道も、自分の命すらも。

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