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A Knight of the goddess 女神の騎士5

 来た時と同じく、幾重にも張り巡らされた結界を、見つからないように一つ一つ通り過ぎ、手引きの彼と最初に遭遇した、空き地の辺りまで戻る寸前、車が一台止まっているのに気づく。  手早くマントを脱ぎ、空き地まで行くと、車の運転席のドアウィンドウが下がり、中に乗っている男性に手招きされた。  ジョシュアではなかった。  可能性として、ジョシュアはフリード教授から遣わされた監視役で、この後もずっと一緒に行動するのかとも思っていたが、そうではなかったらしい。  近寄ると、 「駄目だったんだね」  と言われて岬先生の仲間だと確信した。  頷くのと同時に目の前が真っ暗になり、頭から倒れそうになる。俺はどうにか手を伸ばして、ドアをつかみ、寄りかかった。 「大丈夫!?」  返事ができない。俺は必死に意識を保とうと、呼吸に集中する。  その間、男性は助手席側から車の外に出てきて、全く動けなくなった俺を、後部座席に引っ張り上げてくれた。ついでに手から滑り落ちてしまったマントも回収される。  飲めそうになったらこれ飲むといいよ、と横たわった俺の目の前に、ペットボトルが置かれた。 「家まで送るよ。車の中で休むといい。どちらにしろ、レイモンド教授をユズキの元に送り届ける予定だったから」  彼はエンジンをかけ、返答を待たずに発車した。 「名乗りもせずに接触してごめん。驚いたろう。外にはどこに何が仕掛けられているか分からないから。  この車、かなり対策してあるんだ。電子機器類もチェック済み。自分のことを話しても、漏れないから大丈夫なんだよ。  さっき君を案内したのは、実践学研究室のロブと、知ってるだろうけど君と同じ古書研究室のジョシュア。俺は史学研究室所属のラリーだ。俺らは、レイモンド教授を助けるのと、自分や仲間達の命が落ちるのを阻止するために、ユズキの元に集まった有志だ。  君のことは、ユズキとジョシュアから少し聞いている。魔女と契約した騎士だろ。  よろしく、魔女の騎士」 「なんとなく分かってたから、気にしないでくれ。アラタだ。よろしく」  症状が落ち着いてきたので、ペットボトルの炭酸水をありがたく頂戴する。 「すまない、手を煩わせて……前は、こんなことなかったんだが。緊張してたのかな」  いやいやいや、とラリーは苦笑まじりに答える。 「君さ、警察所内に誰にも見つからないように忍び込む、それだけでもめちゃくちゃ緊張して疲弊しただろうし、加えて厳重な結界を複数通り抜けてるんだから、ぶっ倒れて当然だよ」  めまいが再発しないよう、俺はなるべくゆっくり頷いた。 「正直、あの中を忍び込んで、出てこれたなんて前例、聞いたことないからね。かなりの無茶だよ。計画を知らされた時はマジか!? って叫んだよ」  俺とは対照的に、ラリーはちょっと興奮しているらしい。こんな夜中に元気だな、という感想しか浮かばなかった。 「それにさ、妖精の通り道を通ってきたんだろ? そもそも入ったら自分の意思で出てくること自体が難しいのに。  しかも出発地点は君の家、出てくる場所はロンドンのど真ん中だ。実感はないだろうけれど、かなりの距離を移動してるんだ、倒れない方がどうかしてるよ。  というか、これまでこんな風に、倒れ込むようなことはなかったの?」 「ああ。妖精の通り道を往復したのは一度きりだが、なんともなかったし、結界を通り抜けたり破ったり、ってのは何度もやってる。ちょっと疲れることはあっても、昏倒しそうになるなんて初めてで」  驚いたのか呆れたのか、わーお、と一言発して、ラリーはしばらく沈黙した。 「……今回は、魔女が直接関わってないからかもしれないね」 「直接?」 「そう。ユズキ達から聞いた話を思い返すと、そうじゃないかなって。検証してみないことには断言できない、あくまで推測だ。  ちなみに君、魔女とは関係のないことで色々試したこと、ある?」 「いや」 「そっか。フリード教授、何ができるかの検証ばかりしてたんだな。確かにできないことの検証なんて、派手好きな教授の食指があまり動かないか……  研究室で扱わないとしても、自分で、実際にやってみて何ができないのかを把握してことをお勧めしておくよ。君と君の魔女がこの先不測の事態に陥った時に、判断材料が多いに越したことはないからね。  では、確認だ。  君はこれまで魔女に関わる事象において、力を発揮してきた。その際、特に、精神、身体に重大な負荷がかかった、もしくは受傷した、ということはなかったということで間違いないよね?」 「ああ、ない」 「物事を成すのに、困難が生じたこともなかった? あ、ちなみに魔女はどんな危機的状況だった?」 「特に困難はなかった、と思う。危機的……でもなかったな」 「へえ、危機じゃなくても発揮できるんだ! 凄いな……えっと、確か、魔女の危機的状況に駆けつけるのに、妖精を含む、全ての事象が君に味方する、って聞いた気がするけど……」 「ああ、俺もそう聞いてた」 「うーん、危機的じゃなくても、騎士が魔女に関連してどんなアクションを起こしても困難はなく、消耗もわずかとなる、ということか。  じゃあ、仮説だ。  君は魔女に関連しないことに関しては、力を発揮できない、とする。元々の属性である非魔法使い、一般人と同じスペックだ。  そして今回。  君は、教授の元へ行くのに、君の意思通り、妖精の通り道を通り抜けて、郊外からロンドンまでたどり着いた。かつ、結界を誰にも察知されることなく難なく通り抜けられた。更に、誰とも会わず、戦闘にもならなかった。合ってる?」 「合ってる」 「しかし一方で、精神的、身体的疲労がダイレクトに出た。  魔女が関わった場合と関わらなかった場合、両方の効果が出ている。  つまり今回、婉曲的に魔女を助けることにはなるから力は発動できた。しかし、直接的ではなかったから、普通に反動が来ている、とか……?」 「つまり俺は、直に直接関わることでしか、俺のチートは完全発動しないってことか」 「その分、魔女に直接関わることに対しては絶大な力を発揮できる。むしろすごいことだと思うけど。魔女を助けることに特化した騎士。限定されているからこその強さじゃない? そうじゃなかったら本気でただのチート野郎だよね」 「確かに、違いない」 「もしこの仮説が合ってたとしたら、僕らはラッキーだったよ。君の力が厳密に、直接魔女に関わることにのみ発動できるものだったとしたら、今回はそもそも妖精の通り道も、結界も、通ることは不可能だった。  だけど実際は妖精の通り道を通り抜けられたし、困難なく結界を行き来することもできた。  僕らとしてはほんとにありがたいことだ。君に心身の負担が発生してしまったことは、申し訳なかったけれど」  ラリーの言葉が、耳を通り抜けていく。  俺は万能じゃない。誰も彼もは救えない、ほぼ直限定でしか力を発揮できない。  そもそも魔法使いでもない俺にとってはめちゃくちゃ当たり前のことだったはずなのに、その辺りの自覚がどうも足りていなかったようだ。  岬先生からのお願いを、気安く受けるべきじゃなかった。受けられる能力がなかったんだから。いや、気安く応じたつもりはなかったが。  結局のところ、俺は思い上がってたのか。  はっ、と自嘲めいた笑いが出てしまい、車の中には再び沈黙が降りた。 「……そういえば、気になってた。他の教授達は、動かないのか?」  ラリーは首を振った。 「上の方々は、表立っては動けない。保身もあるだろうけれど、何より、力の強い魔法使い達が動いたら、それこそ魔法界全体が危険視されて、存続が危うくなってしまうだろうしね。  魔法使い迫害、魔女狩りの時代へ逆戻りだ」 「……」  俺は、レイモンド教授の話をしようとしてやめた。後で岬先生と一緒に聞いてもらった方が効率がいいし、また、めまいがしてきた。  俺は目を閉じる。  じゃあ、フリード教授はこの状況を理解した上で行きなさいと言ってくれたのか、そうではないのか。  やっぱあの人、さっぱりわかんねえな。

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