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A Knight of the goddess 女神の騎士6
ラリーが車を路肩に停め、一緒に家に入ってもらう。
同時に、リビングの窓からふくろうがニ羽、飛び立っていった。そういえば岬先生のカヴンの名前、『梟の目』だったか。
玄関先で俺達を出迎えてくれた岬先生は、複雑な表情をしていた。
俺はふたりをリビングのソファへ案内し、レイモンド教授から聞いた話を伝える。
先生への伝言まで話した後、先生はちょっとごめんなさいと言い、洗面所へ行ってしまった。
俺とラリーは顔を見合わせる。
「……飲み物持ってくる。ハーブティーか紅茶、どっちがいい?」
「紅茶、ミサキのもね。
しかし国家転覆を狙うテロリスト集団か。その先はガチで魔女狩りの時代の再来だろ。いったい何考えてるんだか」
俺は黙ったまま、キッチンへ向かう。
「ねえ、ちなみにあの暖炉の上にある、ハンカチで包まれた物体は……」
「気にするな日本から持ってきたただの置き物だ」
俺は被せ気味で返答した。
岬先生が念のために隠しておいてくれて助かった。なんでみんなこうもめざといんだ?
俺がキッチンからダージリンティーを入れたマグカップを三つ戻ると、岬先生はソファへ戻ってきていた。
目が真っ赤になっているのは無視する。
「……行方不明の魔法使いの報告がロンドンじゅうから上がってきてるわ。魔術師も、呪術師も魔女も、区別はなさそう。恐らく人数が鍵だったようね。少なくとも十人以上集まっていたところが狙われたみたい。
わたし達の仲間の中でも、集会に出ていた人は連れて行かれた。仲間同士で集まってたところもあるから、こちらの戦力は小さく見積もっても三分の一まで縮小してしまっている」
「ああ、マジか」
ラリーが頭を抱える。
「しょうがないわ。自分や仲間、大切な人の命が危機にさらされていると気づいたからという理由でわたし達に助力したいと申し出てくれる人達が元々多かったのだから……
地方やウェールズ、北アイルランド、スコットランドの仲間達が残っていることは、まだましってところね。ここは予測が外れたとも言えるわ。
ただ、わざわざロンドンに来ていて連れ去られた人達もいるから大勢残っているわけじゃないし、各地から来てもらうにしても時間がかかる。声はかけているけど、間に合うかどうか。
そもそも、駆けつけるから運命に巻き込まれるのではないか、と考えて今後協力を拒否する人も出てくるでしょうし」
「UK内全域じゃなく、ロンドンだけ……? じゃあどうして、スコットランドにいた直達は、連れ去られたんだ?」
俺が呟くと、
「それは分からないわ」
岬先生が首を横に振った。
「ねえミサキ、ロンドンにいる、いままで声をかけていなかった、巻き込まれてない魔法使い達に、声を掛けてみようか?」
「それは難しいって言ったでしょ、誰が敵なのか分からないのだから。十人規模ですら連れ去られてるの。敵の人数がかなりのものなのか、それとも、仲間の中に敵がいたのかもしれない。
とにかくわたし達は、連れ去られた人達がどこに囚われているのか探し出しましょう。具体的な情報さえ渡せば、協力は得られる」
「彼らを信じるの?」
「それしか手立てはないわ。約束もしてある。
とにかく、連れ去られた人達を一箇所に集めているとしたらかなりの大人数だろうから、コンサート会場とか競技場とか、大人数を収容できる場所を優先的に探ってみましょう。さっき、ふくろう便で仲間に指示を送ったから、早ければ二時間くらいで本格的に動けるわ」
彼らとは何者なのか。俺が口を挟むのが躊躇われて黙っていると、
「ねえ、新太君。試しに聞くのだけれど。わたし達に協力してもらえないかしら。
さっきも言った通り、わたし達の戦力は早々に削がれた。一人でも多く、間違いなく仲間になってくれる人が必要なの。
それに、一緒に動けば、直君を早く助けられるかもしれない。目的の場所はきっと同じだと思う。
もし万が一直君がその場にいなくても、大元を断てば事件は解決に向かうはず。間接的にでも、直君を助けることは可能だわ」
「俺も考えました、先生達と一緒に行くのもアリなんじゃないかって。でも、そこに直は、いないかもしれない。別の場所にいるかもしれない。
直の元に行くのは俺だし、直が待ってるのは俺です。俺は直の騎士なので。
それと、俺にはそもそも、岬先生に助力する能力自体が無いようです」
ミサキ、とラリーが耳打ちする。
「……なるほど、そういうこと。では魔女がいなければ……」
岬先生は俺に向き直り、頭を下げた。
「かなり無理をさせたのね、ごめんなさい」
「いえ、俺も自覚できていませんでしたし」
「……直君の居場所を、教授が答えられないだろうとわたしが知っていたとしても?」
やっぱりそうだったか、とは思ったが、俺は胸を張って答えた。
「それでもです。引き受けたのは俺だから」
「本当に、ごめんなさい」
岬先生が、さらに深々と頭を下げた。
「頭を上げてください、謝ってもらうことは何もありません。場所を答えてもらえなくても、ヒントは貰えました。
むしろ俺の方が、これ以上一緒に手伝うことができなくて、申し訳ない」
「どういうこと?」
岬先生は頭を上げ、首を傾げた。
「教授から先生のことを聞きました。俺達が高校生の時から、ずっと未来を変えるために頑張ってたこと。
今更ですけど、先生自身が大変な時に俺達のために動いてくださったこと、本当に感謝します。ありがとうございました。
だから全然構わないんです。むしろこれ以上何もできず申し訳ない。俺達を出会わせて、救ってくれたのに」
岬先生の瞳に涙が溜まる。首を振りながら、
「いいえ。あなたは魔女の騎士の理 に抗ってまで、教授の元へ行ってくれた。わたしに彼の言葉を伝えてくれた。ありがとう。それで充分よ。
それにあれは……あの時は、助けられる人がいるなら助けたいって、思ったの。変えられる可能性を、わたしは知っていたから。ただそれだけのことよ、気にしないで。
わたしはあなた達の幸せを、本当に、心の底から願ってる」
「ありがとうございます。俺は、直を迎えに行きます。大元は任せます。事件について判明したことがあれば、必ず連絡します」
「ありがとう。こちらも情報については随時、ふくろう便を使って送るわね。じゃあ、わたし達はこれで失礼するわ」
先生とラリーが立ち上がった。
「まだ真夜中ですよ。もう少し休んでいかないんですか? ラリーも」
「ううん、充分休ませてもらったわ。色々とありがとう。
みんなが待ってるの。行かなきゃ」
「アラタこそ、身体を労ってね」
ふたりを車を停めた場所まで見送った時にはもう、明け方の五時を回っていた。外はまだ暗い。
目を閉じると、足元がぐらぐらと揺れているように感じる。若干吐き気も催している。
三半規管でもやられたか。
俺は腕を組み、地面に頭から吸い込まれそうになるのを玄関に寄りかかってやり過ごす。
症状は、一向に治る気配がない。
まさか、魔女 に関わらないことでは力が発揮できない、じゃなくて、魔女 と関わりのないことに力を使うとペナルティが課される、ってオチじゃないだろうな?
ラリーが話してくれたのは、あくまでラリーが俺の話を聞いての推測だ。
俺の感触だと、昨晩からいままで、己の行動には一切違和感を感じなかった。むしろ好調なくらいだった。つまり、いつも通り魔女の騎士としての能力は発揮されていた。
順調だったはずなのに症状が出て、以降、俺の具合は悪くなる一方だ。単なる疲れであれば、時間が経つにつれ治ってもいいはずだ。
原因不明。ペナルティだ、と言われた方がまだしっくりくる。
しっくりはくるものの、いや、んなこと聞いてねえし、直が俺にペナルティ?
訳が分からない。
確かに、何ができて何ができないのか、何をやったら何が起こるのか、もっと詳しく検証してみる必要があるな。とにかく緊急時にこんな体たらくじゃあ……
「っあー、くそ。やっべえなこりゃ……」
『アラタ、かなり無茶をしましたわね、消耗が激しすぎですわよ』
はっと目を開いて辺りを見回すが、白猫も少女も、いなかった。
「影か。すまん、ましろ。影響は?」
『見ての通り、もちろんございましたわ。途中から実体が保てなくなって、ミサキにツバメの見守りを任せきりにしてしまいましたの』
「ああ……それも謝らなくちゃならなかったな」
『共に行かなくて、本当に良かったんですの?』
「うん。あっちは岬先生の、そして先生が集めた仲間達の物語だ。きっと俺の出る幕じゃない。俺はそもそもそもあっちを手伝えないみたいだしな。後で説明する」
俺は、はー、と大きく息を吐き、壁に片手をつきながらリビングへ向かう。
「そうだな、俺は一旦スーザンと合流して、エディンバラのサバトの会場に何か手掛かりが残ってないか、調べるか……」
電話が鳴り、ポケットから取り出して画面を見る。噂をすれば、だ。
通話ボタンを押すと、間髪入れずにスーザンが話しかけてきた。戸惑った声だ。
「アラタ、急いでこっちへ来て。ツバメも一緒に。ふたりとも呼ばれてる」
「呼ばれてる? 何に」
「鹿。おばあちゃんの、使い魔って言っても良いのかな、こっちが使われてる? というか……鹿、の、妖精? カヴンの守護神? みたいな」
やっぱりそうだったかという思いと、アレは本当に使い魔レベルのモノなのだろうか、という考えが錯綜する。
「……珍しい。歯切れ悪いな」
「あたしが信じられてないから。人によってはこう言うのよ。あの鹿のことを、ケルヌンノスって」
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