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A Knight of the goddess 女神の騎士8
「はあ、テロぉ!?」
「恐らくな」
「なんでそんなこと」
「さあ、理由はなんとも」
「理由はともかくとして、うちも、とんでもないことに巻き込まれたものだね」
駅に着くと、ダニエルが車で迎えに来てくれていた。そのまま、目的地まで行くという。
道すがら、これまでのことをかいつまんで説明した。
もちろん、グラント家を疑っていないからこそだし、他言無用をお願いした。
ちなみに妖精の通り道を使ったのと警察の施設内侵入のために結界を幾重にも通り抜けたことでへとへとになり、スーザンから連絡を受けてすぐに家を出たためほぼ寝ておらず本調子ではないことも話したら、ダニーからは同情の目を、スーからは「ママに言いつけてやろ」と冷たい言葉をもらった。
俺が話している間、つばめちゃんは抱っこ紐の中で眠り始めた。電車ではずっと起きてぐずっていたので助かる。逆に、電車の中で、水分補給とおむつの取り替えはバッチリ済ませている。
「ああ。だから、急いで三人がいる場所を突き止めたい。ダイアナの使い魔は、その件で俺達を呼び出したんだよな?」
「たぶんね。あれ? ちょい待ち、じゃあアラタ、あんたが会いにいったユズキの教室の教授って、もしかしてレイモンド・ファーガス?」
「ああ、そうだけど……有名なのか?」
「やっぱそうなんだ! 有名も有名! 王室始まって以来の、ハズレなしの占星術師って言われてた。何年前だっけ、自分の死を予言してちょっとした騒動になったはず。以来、公式の場には姿を現してないわ。教授は続けてたのか。
そっか、アラタ、こっちの新聞とか読まないもんね」
新聞があること自体初耳だ。
ヤバいなあ、マントとかふくろう便とか新聞とか、まんまあの世界だ。新聞に掲載されてる写真は、動いたりするのだろうか。
「えええ、あんな立派な人が捕まるなんて……いや、そういう人だからこそ、利用されちゃったってことなのかな。
ねえ、ところで生の本人どうだった? 強そう?」
「おっ、お前はまたそんな」
時々やけに大人びるくせに、こうやって時々まるで男子小学生のようなことを言う。
「うーん、そうだな。ああいう人もいるんだなって、思った。俺が普段接触する大学の上の人達は、出世や権力を気にする人ばっかで、ちょっと珍しかったというか」
「珍しい? ああいう人ってどういう人よ」
岬先生と教授の関係性に関わる部分についてはなんとなく避けて話したため、説明しづらい。
俺がうーん、と唸っていると、
「ねえアラタ、ずっと気になってるんだけど。その、袋に入った細長い荷物、なに?」
「ああ、これ? お守りみたいなもん」
アラタ、とダニエルがそっと口を挟む。
「キョウイチロウ経由で国際魔法警備のエディンバラ支部にコンタクトを取ったが、現在機密事案により個別対応が難しいという話だった。詳細は聞けなかったが、向こうもこの事態に対して何がしか動いているのかもしれない。
キョウイチロウも、日本から来るにしても時間がかかるし……数人連れて出発するとは言っていたが」
「いつ?」
「今朝方だよ。ちなみに、ナオの魔力量は足りているだろうか?」
魔力量。
言われて、昨日の朝の儀式の出来事が思い出された。
「そうか……もしかすると、知ってたのかもしれない」
「何?」
スーザンに尋ねられる。
もし知っていたのなら、何を知っていた、というよりも、|誰《・》|が《・》知っていたことになるんだろう。
「アラタ?」
「……いや、ごめん、なんでもない。あの日いつもの三倍は補給したから、無茶しなければ、二週間は余裕でいけるはずだ。元々の保有量も多いし」
「無茶しなければ、か」
「正直、戦闘なんかで出力を上げた場合、どれくらい持つのかは不明だ」
嫌な想像だ。運転席のダニーも顔を顰める。
また叫び出したい衝動に駆られそうになっていると、車が止まり、ダニーにぽんと肩を叩かれた。
「着いたよ。この先少し歩く。スーが案内するよ。僕は家で待っている」
車を降りて周りをよく見ると、グラント家裏手にある林の手前だった。
いつものグラント家からではなく、別方向からだったので、一瞬気づくのが遅くなった。
スーの案内で、どんどん林の中へ進んでいく。
「先に言っとくけど、ちょっと特殊な相手だから、言葉には充分気をつけて。
今回はあたしと父さんの前に現れたけど、普段なら、資格がある人間の前にしか姿を現さないし話しかけもしない。もしかしたら、私に……」
「スー?」
スーが僅かに口ごもる。
「ううん、なんでもない。とにかく今回は、たぶんかなりのイレギュラー対応だと思う。
あたしは、前はおばあちゃんと一緒の時に何回か会っただけ。単独では会ったことないんだ。いまはおばあちゃんと契約してるから。
それから――生身のセバスチャンや妖精のマシロみたいに話せるとは思わないでね。表現しづらいんだけど、言ってることが謎? っていうか、こう、はっきり言って貰えないというか」
「浮世離れしてる?」
「うん、そんな感じかな。とにかく、結構神様みたいな存在だと思っといて」
「ダイアナの使い魔で、鹿の妖精で、この森の守り神、か」
エディンバラに着く前に、ケルヌンノスのことを軽く調べた。
ケルトにおける狩猟の神。
確かにグラント家は代々続く狩人の家系だとパティが言ってたことがあるので、していいものかどうかはさておき、ちょっと納得した。
冥府の神とも書いてあったが、そっちはピンと来なかったので横に置いておく。
奥へ進むにつれて、樹木の様相がいつもの林と全く違ってきた。次第に、大木に囲まれた鬱蒼とした森へと変化していく。
スーの歩くペースは全く変わらず、迷いなく歩いているので、方向は合っているのだろう。
「あたしも詳しくは聞いてない。いままでの経験上でしか話せないけど、たぶん、向こうとしては、この森を守るために契約してくれてるだけなんだと思ってる。
契約のやり方は使い魔と変わらないそうよ。でも向こうは魔女の命には添わない。魔女の方が途中で入れ替わるの。代々、あたし達のカヴン『森の守り手』の中から選ばれた魔女が契約していってる。
それだけ、向こうとこっちの力の差がある、というか格? が違うんだと思う」
「じゃあ契約する魔女は、グラント家に限定されてるわけじゃないんだな」
「うん。あ」
スーの向こう側に拓けた場所が見える。そこに、例の鹿が立っていた。
スーは、鹿から五メートルくらい離れた場所まで進んで、まるで騎士が王様に謁見する時のように、片膝をついて頭を下げた。
俺も同じようにしたいところだったが、つばめちゃんを抱っこしていたため、スーの横に並んで、両膝をついて頭を垂れる。
草を踏む音が次第に近づき、俺の視界に二本の鹿の足が入った。
ふすん、と鼻息が間近で聞こえて顔を上げると、鹿が鼻をつばめちゃんにそっと当てた。
『ようやく会えたな、新たなる愛しい我が子よ』
スーが、頭を跳ね上げた。俺はつられて隣のスーを見る。目を見開き、顔色が真っ青になっている。
『守ると約束を交わしたが、子はこの地を離れた』
俺は鹿に視線を戻した。いつそんな話したんだ、と咄嗟に言いそうになったが、そういえばつばめちゃん、一度妖精達に森に連れ去られて、ダイアナが迎えに行った時そばについてくれてたんだったか。
「すみません、俺がこっちに住んでないせいです」
『私がお前を選んだ』
「ですよね」
『他の地は許可していない』
「えー……ああ、そういうことでしたか」
『この地は私であり、私はこの地である』
「……」
何気に不機嫌か。まだ何か(多分文句)言い続けている鹿に、
「あのー、あのですね、ケルヌン、ノス……?」
おずおずと呼びかけると、言葉が止まった。
「お呼び出しを受けて、来たんですが」
『もう一人の我が子のこと、そしてその娘とお前の魔女のことだ』
「ご認識していただけているようで、なによりです」
若干嫌味ったらしい感じだったかと言ったそばから後悔したが、鹿は全く意に介さず、その場で足を踏み鳴らし、顎を上げ、朗々と詠い始めた。
『聞け
囚われた者達は知らず
この国の城の前、砦の前に
ヴェールを被り
それぞれ差し出される
全ては仕組まれた
腹の奥底に黒いものを抱える古い同胞に』
これは恐らく事件全体の話だ。“知らず”、“城”と“砦”の前に“それぞれ”、“ヴェールを被り”か。
同胞とは恐らく、魔法使いのことだろう。
「では、俺の魔女はどこに?」
『お前の魔女に
再び暗黒の霧が纏わりつく
霧の縁に導かれ
お前の魔女は
この国の真心と献身の前に倒れ伏す』
全身に鳥肌が立った。恐らく、直は負傷している。なのに俺には傷が飛んできていない。
存在が感じられないのと同じ理由で、受けた傷も俺に飛ばせないのだろう。
俺は衝動を抑えるため、目を閉じて拳を強く握る。
ぽふ、と軽く何かが当たった感触があり、目を開けると、つばめちゃんが俺の喉の下あたりを叩いていた。
そしてもう一方の手で、地面を指している。
偶然か、それとも意図したものか。
『そちらの娘の鷹が、覗き込める。目覚めの角笛を吹かせよ』
「鷹……覗き込む」
俺は頭をフル回転させて、もらった言葉の意味を考える。“再び”、“縁”、“この国の真心と献身の前”。
「……分かりました。ありがとうございます、ケルヌンノス。つばめちゃんも、ありがとな」
俺はぽんぽんと、つばめちゃんの背中を軽く叩いた。
「約束します。直も、ダイアナも、パトリシアも含めた全員で、必ずここへ戻ってきます」
俺は軽く会釈して、立ち上がった。
「ちょっと待って!」
それまで一切言葉を発しなかったスーが、顔を真っ赤にしながら立膝でこちらににじり寄ってきた。
「ねえケルヌンノス、なんであたしじゃなかったの? あたしだって、資格はあったんでしょ? おばあちゃんだって、別におっきな魔力を持ってるわけじゃない、めちゃくちゃ有名な魔女ってわけでもないじゃん! なんで次の契約者があたしじゃなくて、この子なわけ!?」
『無理だ』
「無理? 何が!? あたしの能力が足りないってこと!?」
『お前は、とうに選ばれている。これ以上持てば、器をゆうに超えた災厄が降りかかるだろう』
「選ばれてるって、何に……まさかアズキのこと? アズキを選んだのはあたしよ! あいつがあたしを選んだんじゃない!
それにこれまで使い魔を複数持つ魔女だっていたでしょ? 別にあいつのことなんて関係ない、はっきり言えばいいじゃない、あたしの能力が足りないんだって!!」
「スー……」
ケルヌンノスは、俺の方に顔を振った。
アウトアンドオーバー。
「スーザン」
俺は、スーの肩に手を置く。こちらを見たスーに、俺は首を振った。
「行こう、時間がない」
「――というわけだ、アズキ。戻ったらすぐ手紙を書くから、それを運んで欲しい」
森から林に様相が切り替わったあたりで、アズキが空から姿を現した。気づかなかったが、あの拓けた場所までは、ついてきていなかったようだ。
俺から説明を受けたアズキは、
『必要ない。内容は覚えた。口頭で伝えた方が早かろう。このまま出発する』
「よろしく頼む。あの時一緒にいた女性に伝えてくれ。ロンドン周辺の、人がたくさん入りそうな施設か、大学か……」
『あの都市程度の広さならば、全て目で見通せる。お前も目で見つけたのだからな。ミサキユズキだろう、承知した』
「ありがとう。俺達もすぐに後を追う。岬先生と話をつけたら、そのまま向こうで待機しててくれ。くれぐれも、周囲に気をつけて話すんだぞ」
大きく羽ばたき、飛び立ったアズキを見送る。方向的にはロンドンの真逆。思っていた通り、妖精の通り道の方へ行ったか。
「スー」
スーはアズキの方を見もせず、地面に視線を落として突っ立っていた。
「スーザン、急ぐぞ。アズキと違って、ロンドンまで、俺達は時間がかかるから」
「……うん」
しょんぼりして見える。そんなにショックだったのだろうか。
「あー、あのなスー、ケルヌンノスのこと、恐らく気を落とす必要はないんじゃないかと思うんだ」
スーは動かない。言い方を変えるべきか。
「あの、その、な。アズキは……アズキはな、相当強いぞ?」
「あ゛ぁ?」
下から睨みつけられる。あれ、ダメだったか? 車の中でのスーのレベルに合わせたつもりだったのに。
「いや、あのさ、あいつ、なんでもなさそうに妖精の通り道を使って行き来してるが、ましろやセバスに同じことしろって命令したら死ぬほど嫌がると思うし、さっきも言ったが、特殊な効果でもない限り、通り道を通るのはかなり疲れるんだぞ。それをエディンバラからロンドンなんて長距離を移動して、かつマスターのお前にも影響が出てないようにみえるし……」
なぜかしどろもどろになる俺を置いて、スーは鼻をふんっ、と鳴らし、足音荒く、出口へと向かっていった。
俺は両肩を上げ、ため息と共に下ろす。
しょうがない。スーザンの中にあるのであろうわだかまりは、おいおい対処するとして。いまは、一刻も早く直の元へ……
目の前が一瞬真っ暗になり、足元が絡まる。
こけそうになって、慌てて隣にある木の幹に手をついた。
目を閉じ、深呼吸をする。
頭がぐらぐらする。身体が重い。地面に吸い寄せられる感覚が、以前より増している気がする。
「ははっ、ただいま地球の引力絶賛増量中ってか?」
絶対に違うし、冗談を言ったところで誰かがつっこみを入れてくれるわけもなく。
「ちょっと、なんかいま日本語でしょーもないこと言ってたでしょ。てか……なに、顔真っ青じゃん、どうしたの、気分悪い?」
「スー…ザ、ン」
わざわざ戻ってきてまでツッコんでくれてありがとな、と言いたかったが、俺は木に縋り付きながらずり落ちる。
お腹のつばめちゃんを潰さないようにゆっくりと仰向けに倒れ。
俺の名を叫ぶスーの声を聞きながら、視界は完全に暗転した。
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