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A Knight of the goddess 女神の騎士10

 僕達を囲む結界の前に現れた魔法使い達は、一斉に何か唱え始めた。  徐々にその足元に何かが競り上がってくる。  ゴーレムだ、と気づいた僕は、「ダイアナ!」と叫んだ。  すかさず、後方にいたダイアナやパティ、同じカヴンのミザリー、リズ、ローザ、その他サバトに参加していた他カヴンのメンバーの幾人かが詠いを始める。  エディンバラのサバト会場の決壊を破ったのは、恐らくこのゴーレムだ。こいつらのでかい拳でぶん殴られたのだろう。そりゃ僕も吹き飛ぶわけだ。  魔女のみんなの動きに反応してか、他の魔法使い達も、続々と結界を作ったり詠唱を始めた。  他方、真ん中辺りに固まった集団の中から、叫んだり泣いたりしているのも聞こえ始めた。  あたしたち死んじゃうんだわ、と誰かが叫ぶ。  声の方向を振り向いて、あることが気になってきた。  さっきも見た、真ん中辺りにいる集団。でも実際の真ん中は、もう少し後ろのはずだ。不思議と、その辺りに人がいない。  どうして部屋の中央に陣取らないのだろう。もしくは、できない? 何か意味はあるのだろうか。  ううん、いまはそんなこと考えてる場合じゃない。  ゴン、と鈍い音があちこちから響く。  形成し終えたゴーレム達が、向こう側の結界を超えて、こちら側の結界に到達して、攻撃し始めたのだ。  僕達側の魔法使い達も詠唱を終えて、各々炎の塊や水、風の塊をゴーレムにぶつけ始めた。爆発音がそこらじゅうで発生する。  僕も、床に削っておいた複数の魔法陣のうちの一つの上に立ち、発動を開始する。  声を張り上げないと、爆発音に気を取られて注意が散漫になりそうだ。 『来れ来れ、樹の女神  我は求めん イバラの縛りを  傍若無人な振る舞いに 戒めを  来れ来れ、草の女神  我は求めん――』  僕が目の前にいる三体ほどのゴーレムの全身にイバラの蔓を巻きつけて、動きを止める。  魔法使いの誰かが放った炎が、その内一体に当たって大きく燃える。  そんな風にゴーレムを倒し続ける僕の近くで、僕達の側にいる魔法使いが競い合うように魔法を唱え、発生させた魔法をゴーレムにぶつける。  爆発で発生した煙やら何やらで、辺りがはっきり見えなくなるくらいだ。  しばらくして、ゴーレムの数が減った、と思ったら、今度はボーフォート側からも炎や土などの魔法が放たれるようになった。  そのほとんどは結界に弾かれるが、ゴーレムや魔法によって破壊された箇所から時折通過してしまうようで、僕らの結界内でも爆発音が響く。  その度、真ん中辺りに固まった人達の方から悲鳴が断続的に聞こえる。 「準備できた! 『鏡の詠い』よ!」  パティの呼びかけで、魔女達の幾人かが一斉に、鏡の詠いを開始する。  僕も途中から詠いに参加し、魔力の補助を行う。  鏡の詠いは、魔法を反射して相手に返すものだ。ゴーレムが起こす物理攻撃には通用しないけれど、魔法攻撃が多くなっているので、有効なはずだ。 「よし、あっちにも攻撃が通るようになった!」  こちら側の誰かが叫ぶ。  何か、違和感がある。ほんとにそうなのだろうか?  あちら側の結界が消滅した気配はない、はずだ。  煙が立ちこめる中、ゴーレムに当てるはずの水の塊が、あいつらの結界の向こう側にそのまま飛んで行ったのを、僕は見た気がする。  閉じ込めた僕らは出られない。でも、僕らが放った魔法は通過する。どうしてそんな結界にする必要がある?  それに、と考えを進めようとした瞬間。  ざ、と僕の頬の横を何かが掠めた。  石? 後ろに落ちたであろう物体を確認しようと後ろを振り向こうとしたその時。 「痛っ……!」  脛に硬い何かがぶつかる。  足元を見ると、コンクリートの塊らしきものが転がっていた。 「が、れき……?」  確かに瓦礫なら、鏡の詠いで作った鏡では弾き返すことはできないけれど。  片面に綺麗な色がついている。建物の壁のような……  空気の循環がある、と誰かが言った。  ここは、建物の中のはず。どうして建物が破壊されている?  あいつらは室内の僕達に対して攻撃している。ならばこの瓦礫はどうやってできた?  まさか、僕らの攻撃で?  僕は全身を総毛立たせながら、周りに向かって叫んだ。 「ねえ待って、みんな攻撃をやめて!」  周りの音が大きすぎて、誰もこちらを見てくれない。  僕は近くに立つ魔法使いの腕を掴んだ。 「なんだかおかしい、たぶん罠だ。攻撃を止めなきゃ……」  魔法使いは、詠唱を続けながらこちらを見て、首を傾げる。 「ねえ、その魔女が言ってる通り、一旦攻撃をやめてみない?」  魔法使いの女性が、僕らの近くに走り寄ってきた。それに気づいた近くの数人が、僕らの近くに集まってくる。 「なんだ?」 「攻撃を一旦やめて欲しいんです」 「は? バカなこと言うな!」 「向こう側で、何かが壊れていく音がするの、何かがおかしいのよ」 「いや、確かになんかおかしい気がするんだよな。そこのふたりが言うことは正しいんじゃないか?」 「だが反撃しなけりゃ、こちらに攻め込まれてお終いだろう?」 「……待って、止めて!」  膨大な魔力の気配で、僕らとはほぼ反対側の辺りに固まっていた魔法使いの集団が、巨大な魔力の塊を作り出しているのに気づく。  アレを当てたら確実に、建物一棟くらい、いや、街全体が吹き飛びかねない。 「ダメっ」  間に合わない!  放たれかけた魔力の塊に対し、僕は咄嗟に右腰の焼き印を使って魔法を発動させた。  巨大な塊となった魔法は、一瞬で消滅した。 「なっ……!」 「何をした!?」 「どうしてだ、魔女!」 「アレには大人数でかなり魔力を注いでいたはずだ、それをお前は……!」  近くにいた魔法使い達に詰め寄られる。 「君はまさか、向こう側のスパイか!?」 「違います、これは罠なんですってば! このままばかすか破壊してたら、多分あっちの思う壺なんです!!  僕達は閉じ込められてる、自力で出ることは今のところできない、単純に殺すだけが目的なら、もうとっくの昔に……」  ははははは、とボーフォートが笑い始めた。 「内輪揉めか、凡骨共め!  そしてよくぞ気づいたスオウ・ナオ、遅過ぎるがな。頃合いを見計らって、貴様らに破壊し尽くされたこの有り様を……」  ボーフォートは両手を広げ、辺りを見渡す。  この、と言われても、こちら側からは様子が全く見えないのだけれど、やっぱり、僕らは何かを破壊しているのだ。 「非魔法使いの世界を含む、全世界へと晒す!」  意味が分からず、僕は首を傾げた。 「何のために……」 「革命が必要なのだよ、スオウ・ナオ。現在の魔法界にはな。  非魔法使いの世界と並行して存在させるため、認めさせるために、魔法界自ら、同胞である偉大な魔術や魔術使い達を積極的に排除してきた。  更に、長い年月をかけて作り上げられた素晴らしい魔法の数々を秘匿し、行うものを徹底的に痛めつけ、処罰し、時には家名を貶め、取り潰してまでも、この世から消し去ろうとしてきた。  偉大なる遺産が、数多く亡きものとされたのだ。実に嘆かわしいことだ。  だから我らは復権せねばならない。不当に貶められた、優れた魔術師達の尊厳を取り戻し、自由に、大手を振って世界を行き来する。そして、この地のみならず、空をも支配する。  そのために、我らがここにいることを宣言するのだ!」  誰も発言しない。理解できない、発言したくない、もしくはその両方だろうか。  僕は重い口をようやっと開いた。 「……耳障りの良い言葉ばかり並べてるけどさ、つまりあんた達は、悪魔召喚みたいな事を大っぴらにやって、好き放題やりたいって言ってるだけじゃないか。そんなことしたら、魔女狩りの時代がまた……」 「やってきたとして、私に何の不都合がある? そこの真ん中辺りに固まっているような弱い者が淘汰される、それだけだ。  私は強者だ。そして新しい時代の支配階級に属する者だ」 「本当にそんなことができると思ってるの? 可能なら、魔女狩りの、迫害の時代なんてとうの昔に終わって、魔法使いがこの世界を支配できてたはずでしょう? 実現できっこない。  それに、そんなに強いんだったら何故、自らの手で事を起こさない? 優れてない魔法使いたちを使うなんて、プライドが許さないんじゃないの?」  「自らの手で、だと? ふんっ、馬鹿馬鹿しい。これは始まりに過ぎん。我々の大いなる目的はその先にある。くだらぬことでつまづくわけにはいかない。だから、貴様らが狼煙となるのだ」 「その狼煙ってのが成功したとして、その後、僕らは付き合ったりしないよ?」 「問題ない、ここに捕えられた者はすべからく自爆テロを起こし、その命で持って叛逆の狼煙になるのだからな!  我々は狡猾かつ強かに計画を遂行する、それこそ我ら魔術師の本質かつ矜持! 非魔法使い共との共存など必要ない!   迫害? はんっ、上等だ。どちらが支配階級に相応しいか、全面戦争だ!!」  ボーフォートが再び杖をこちらに差し向ける。 「待て、待ってくれクラレンス!」  ボーフォートの従兄弟が、僕の横に並び立った。 「お前の言ってることがこの事態の目的として、何故、レイモンド教授を狙った? 彼はなにもしていない、お前達にとっては無害だったはずだ! 確かに人望が厚いし王室からも信頼されている、しかしだからといって、能力的には単に未来が視えるだけの」 「本物の馬鹿か貴様は! 自分で答えを言っているのに、気づかんとはな!  非魔法使いの家庭に突発的に生まれた、血の繋がりも伝統も持たぬ魔術師もどきの穏健派。未来が視えれば確実に、こちらの脅威になる。実際、奴やその周りに悟られたせいで、計画が何度も先延ばしになったからな。  そうだ、そして奴は王室から信頼されている人間だ、そいつが叛逆の狼煙となったら? 非魔法使いの世界と魔法界の断絶は、より一層深いものとなるだろう。全面戦争の幕開けには最適だ!」  くくっ、ははははははははは、とボーフォートが高笑いする。  ボーフォートの従兄弟は顔を真っ赤にし、唇を噛んで黙り込む。 「はあ、くっだらない」  僕は、だんだんと腹が立ってきた。 「あんたらがやってることもあんたも、ほんっと、心底くだらない。あんたの話してたことも、あんたを外へ連れ出した奴らも、全員馬鹿ばっかりじゃないか。魔法使いが世界を支配できなかった理由すら言えないくせに!  ねえ、そんな御託並べて、えらっそうにしてるけどさ、結局あんたがいまやってることなんて、単なるマトでしょ、理解してる?」  腹の底から、渾身の力を込めて言い放った。 「だっさ!!!」 「言わせておけば、貴様……!!」  ボーフォートとは別の方向から瓦礫が飛んでくる。  僕は再び右の腰の焼き印を使って無効化の魔法を発動させる。瓦礫は途中で勢いを失って、落ちた。 「手を出すな! スオウナオの相手は、この私だ!」 「安心してよボーフォート。ご指名があろうとなかろうと、そこらへんの奴らがあんたを手伝おうと、あんたは僕の手で絶対……!」  攻撃の全てを無効化して、魔力切れ起こさせてやる。  と、大口を叩いたは良いものの、実際のところ、焼き印の使用は今日が初めてだ。  僕ってつくづくバカだなあ。試し撃ちとか限界の観察とか、しておけばよかった。どのあたりまで詠わなくても撃てるのか、見当がつかない。魔力もどこまで持つのやら。  しかも、僕が言ったことを鵜呑みにしたのか、ボーフォートの周りにいる魔法使い達が一斉に僕めがけて詠唱を開始した。 「ちょっ、ま、ウソでしょ……」  僕が慌てていると、 「魔女さんよ、そりゃ無効化か?」  ひとりの壮年の魔法使いがそばに寄って聞いてきたので、僕は首を縦に振った。 「協力する」  はっと気づくと、知らぬ間に魔法使い達が僕の周りを囲んでいた。 「っ! ありがとうございます、似たようなこと、できます?」 「ああ」  周りの幾人かが早速詠唱を始めた。 「なあ、アンタが無詠唱なのは……」 「聞くな、マナー違反だぞ」  最初に声をかけてきた魔法使いに対し、親しい関係なのだろう、もうひとりの魔法使いが肘で彼の脇腹を突いた。 「いてて。なあ、アンタの推測が正しいとして、じゃあこの状況をどうやって突破するんだ? 守るだけじゃ、形勢不利は変えられないぞ。そんなに長くはもたない。すでに倒れている者や魔力切れのヤツもいるのに」  そうだ、彼の言うとおりだ。ボーフォートの魔力切れだって、狙いはするけど成功するかどうかは全く分からない。それでも僕は、何故だか絶望とは程遠い心境だった。 「……大丈夫。必ず助けが来ます」  口にして、実感する。そうだ、僕、信じてるんだ。 「オレ達が捕まってるなんて誰も気づいてないかもしれないのに? 場所だって、探し出してもらえるかどうかわからないのに、なんの確証があって」 「僕には騎士がいます。大抵の結界は通り抜けられるし、破ることも可能です。必ず僕の居場所を突き止めて、助けに来る」  例え、意思疎通もできず、気配も辿れず怪我も転移しないくらいに阻まれていたとしても。  単なる巻き込まれ事故で手がかりなんて何もなくて、居場所だって全然見当もつかなくても。  それでも、 「僕の騎士は……新太は、自分の能力全て使って必ずここにくる。そういう男です」  そうか、と呟き、壮年の魔法使いは僕の背中をぽんぽんと軽く叩いた。 「オレ達にも仲間がいる。かなりの数がここに閉じ込められているし、外に一体何人残っているのか、残っている者がいるのかすら不明だが」  彼は杖を構え直し、ボーフォートを見据える。 「信じよう、オレ達の大事な人達を。オレ達自身もな」

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